新国立競技場の現状:2020東京五輪・パラリンピックに向け、工事は順調

東京2020

2020年東京五輪・パラリンピックまで1年半余り。デザイン案や工事計画の見直しが重なった、新国立競技場の建設は順調に進んでいるのか。運営主体の日本スポーツ振興センター(以下、JSC)に話を聞いた。

2020724日に開幕する東京五輪・パラリンピックに向け、日本各地でさまざまな準備が進められている。その中でも、やはり気になるのはメイン会場となる新国立競技場の進捗(しんちょく)状況だ。当初のザハ・ハディド案が修正後に白紙撤回され、大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JVの案が採用されたのが1512月。出遅れた新国立競技場の建設は、順調に進んでいるのだろうか。

新国立競技場の南西側上空からの完成イメージパース 大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供

現在の工事状況を聞くために、発注者であるJSCの神宮外苑(がいえん)にある事務所を訪れ、新国立競技場設置本部で企画調整役の小松幸雄さんと設計面を取り仕切る施設部建築課課長の田阪昭彦さんに話を聞いた。

車いす席の完成イメージパースを挟んで、左が小松さん、右が田阪さん

工期短縮のための技術と工夫

——最初に、工事の進捗状況を教えてください。

小松さん:実際に着工した201612月から25カ月目に入りましたが、大きな遅れなどはなく予定どおり進んでいます。1911月末の完成予定には、特別なことが起こらない限り間に合うでしょう。

——取材前に建設現場の周りを実際に歩いてみると、屋根の鉄骨は大部分が組み上げられ、外壁部分を囲んでいた足場も上3分の1がすでに取り外されているのに驚きました。これだけの大規模工事ですから、スケジュールはかなり厳しかったと思います。

小松さん:もともと工期が決められていたので、設計段階で資材調達や工期短縮の技術や工夫がしっかりと計画されていました。それよりも、今の日本では現場作業員などの人手が少ない上に高齢化が進んでいるので、労働力不足の方が心配でしたが、その点も大きな問題は出ていません。

——今回の工事現場で導入した技術や工夫などを教えてください。

田阪さん:まず、基礎やスタンドの工事は、事前に工場で製作したブロック状の鉄筋コンクリートを運んで設置しました。現場で型に流し込んだ場合と違い、固まるのを待つ時間がなくなります。また、大屋根の梁(はり)となる鉄骨の工事も、土台となる根元鉄骨と先端部のユニット鉄骨に分けて作業しています。ユニット鉄骨はさらに3つのユニットによって構成され、フィールドで組み上げるのです。

——フィールドとスタンド上部で同時に作業を進められるので、工期短縮になるということですね。

小松さん:ただ、それぞれのユニットをクレーンで吊り上げ、根元鉄骨と接合していくため、作業の精度が求められます。大屋根は円形に設置された108個の鉄骨で支えられるため、接合時に数ミリずれると他に大きく影響するのです。鉄骨の接合時にはターゲットにレーザー光線を当てるなどの3次元計測技術を駆使して、基礎部分から3ミリ以内の誤差に抑えています。

フィールドで組み上げたユニット鉄骨をクレーンで吊り上げて設置する JSC提供

——実際、変更点や予算の超過は出ていない?

田阪さん:通常の建築の現場でも、細かい変更点はたくさん出ます。半期ごとに施工業者と変更契約を行いますが、これだけの大規模な現場ですから毎回数百、2年間で1000カ所以上の変更点がありました。でも、工期は決まっていましたし、予算も上限があります。何とか調整して守ってきました。

大屋根のユニット鉄骨について解説してくれる田阪さんと小松さん

工事が進み、見えてきた新国立競技場の魅力

——スタジアムの外観がだいぶ見えてきました。デザインが形になってきて、お二人はどのような印象を抱いていますか?

田阪さん:やはり、木材をふんだんに使って日本の伝統建築の要素を取り入れている部分は、世界中の方に見ていただきたいですね。それも、伝統的な木造建築の要素を現代的に表現していると思います。軒庇(ひさし)のパーツのエッジなど、とてもシャープで軽やかな造形です。

小松さん:隈さんの代表作になりますし、ディテール(細部)にこだわって工事を進めています。木のぬくもりが感じられるスタジアムというのは、他にはないですから。

上部の足場が外れ、大屋根の「風の大庇」の姿が明らかになった JSC提供

木製の軒庇が印象的な南側ゲート外観パース 大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供

——実際に建築現場の周りを歩くと、スタジアムを見上げる形になるので軒庇の木材がよく見え、大規模建築にありがちな無機質な印象ではなく、ぬくもりが感じられました。昨年1月には47都道府県の木材を調達すると発表されましたが、実際には全て集まったのでしょうか?

田阪さん:新国立競技場の軒庇には、全て国産の森林認証材を使うという事業者の提案がありました。事業着手当初は認証材が確保できない県もあったようですが、新国立競技場のために認証を取得してもらうなど、多くの地域、事業者に協力いただけたおかげで、無事調達ができたのです。

神宮外苑の杜(もり)と調和する木製の軒庇 JSC提供

色の濃淡が違う席を計算して配置するスタンドは、フィールドの赤と緑、大屋根の木材、青い空と美しいグラデーションでつながる JSC提供

世界最高峰のユニバーサルデザイン

——では、座席までのアクセスや観戦環境など、施設内部の状況はいかがでしょう?

田阪さん:世界最高水準のユニバーサルデザインとうたっていますので、ぜひ観戦に訪れて、それを実感してほしいです。設計段階から施工中までの計20回、ユニバーサルデザインのワークショップを開催しました。障害者団体に加えて、子育てグループや高齢者支援団体など14団体に参加いただき、意見交換を重ねて、スタジアムの設計・施工に反映しています。

——実際、どのような意見が出たのでしょうか?

田阪さん:車いす席は一般観戦席よりスペースを取るために、サイドに固めて設置されることが多いようなのですが、人によってはメインスタンド側から観戦したい” “上から全体を俯瞰(ふかん)したいなどの要望があります。それに応えられるように、35階のスタンドの各階にバランスよく配置したのです。聴覚障害者用の集団補聴設備も同様で、複数のエリアに設置しました。他には、視覚障害者誘導用ブロックの高さやトイレの手すりの位置まで、さまざまな場所に意見を取り入れて改善しています。

上:同伴者席を2つ並べることで、車いす席と分断されないように配慮されている 下:オレンジが常設の車いす席で、青がパラリンピック時の追加席 大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供

——近年の日本の夏は猛暑が続きますし、地震などの災害にも心配があるでしょう。その対策はいかがでしょう?

田阪さん:スタンドは大屋根の日陰になりますし、大庇は季節ごとの風を効率よくスタジアム内に取り込む役目も担っています。さらに12層スタンドの上には、気流創出ファンを設けました。それらにより生じる風がスタンドの温度を下げ、日射によって暖められたフィールドから発生する上昇気流と合わさり、スタジアム内の熱を上空に放出してくれるのです。

検討を重ねて設計された空気と熱の流れ。観客席とフィールドの温熱環境向上のための気流を生みつつも、競技の邪魔になるまでの風は発生しないようシミュレーションされている。フィールドの地中には、冷水や温水が流せるパイプが通り、温度調整などの芝生の管理に活用される 大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供

田阪さん:地震対策では、上層部は斜め梁と鉄骨ブレース(筋交い)によって変形を抑え、下層部にオイルダンパーを集中的に配置するソフトファーストストーリー制振構造と呼ばれる方法を採用しました。また、観客席や通路は迅速に避難できるように設計され、地域の防災拠点としても活用できるように非常用電源や防災備蓄倉庫などを備えています。

——新国立競技場は、2020年元旦に開催されるサッカー天皇杯決勝戦が対外的に行う初めてのスポーツ競技大会になると発表されました。運営準備を含めると、工期の遅れは一切許されませんね。

小松さん:計画的には問題ありません。事故による影響がないように、安全第一で工事を進めていきます。

これだけ都会のど真ん中にある競技場は世界的にも珍しい(2018年12月1日撮影) (株)NTTドコモ協力/JSC提供

取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部
(バナー写真=18年12月1日の新国立競技場 千駄ヶ谷インテスビル協力/JSC提供)

※パース等は完成予想イメージであり、実際のものとは異なる場合がある。植栽は、完成後約10年の姿を想定

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