京都・聖護院門跡:仮皇居にもなった歴史ある寺院が秋の特別公開

・100余面に及ぶ狩野派の金碧障壁画(きんぺきしょうへきが)
・天皇が仮の御所として使用した部屋も公開
・女院のために建てられた重要文化財の書院

皇族が門主を務めた由緒正しき寺

聖護院門跡(しょうごいんもんぜき)は、京都市左京区にある本山修験宗の総本山。門跡とは、皇族や貴族などが出家して居住した、格式の高い寺院のことである。

聖護院の表門

寛治41090)年に白河上皇が熊野三山を参詣した際に、修験僧として名高かった増誉(ぞうよ)僧正が案内役を務めた。その功績によって僧正は寺を賜り、天皇を守護するという意味の「聖体護持」から文字を取って、聖護院と名付けられたという。その後は、明治時代まで皇族や摂関家が代々門主(住職)を務めている。江戸後期に京都御所で火災が発生したときには、光格天皇(1771-1840)が仮の御所として執務を行った。そのため、「聖護院旧仮皇居」として国の史跡に指定されている。

聖護院と聞けば、京都土産として人気の和菓子「聖護院八ツ橋」や、ブランド京野菜の「聖護院大根」や「聖護院かぶ」などを、寺よりも先に思い浮かべる人がいるだろう。以前は拝観予約が必要だったこともあり、観光客にとってあまりなじみのある場所ではなかったかもしれない。しかし近年は、予約不要の特別公開期間が秋に設けられ、貴重な寺宝の数々を見学しやすくなっている。

砂紋(さもん)の美しい庭園

100余面の狩野派障壁画と天皇の執務室

聖護院の寺宝の一つとして知られるのが、100余面にも及ぶという狩野派の金碧障壁画である。表門をくぐると最初に現れる大玄関から、狩野永納(えいのう)と狩野益信(ますのぶ)が描いた、迫力ある老松が出迎えてくれる。

大玄関の老松。左に見えるのは、修験道で使われる法螺(ほら)貝の展示

大玄関は、門跡寺院の正殿となる宸殿(しんでん)の入り口。宸殿には、他に孔雀(くじゃく)、太公望、波の間など15部屋以上があり、日本初の絵画史『本朝画史』の編著者である永納と、画技を見込まれて探幽の養子となった益信が描いた襖絵(ふすまえ)によって随所が彩られている。

17世紀後半に建てられた宸殿

孔雀の間の障壁画。金箔(きんぱく)の上に美しく彩色されている

宸殿の廊下から奥に向かって、三の間、二の間、一段高くなった上段の間へと続く広間がある。上段の間は、天明81788)年の内裏炎上後に光格天皇が公務を執行した場所だ。二の間から上段の間にかけては、狩野益信によって四季・花鳥風月が見事に描かれている。

宸殿の廊下から上段の間を見る。益信の素晴らしい絵によって、天皇の威厳がしのばれる

上段の間の正面に掲げられているのは、後水尾天皇(1596-1680)の筆による「研覃(けんたん)」の額。聖護院の宮城泰岳(たいがく)執事長いわく、「自分自身を磨いて、自分の心の畑を耕しなさい」という意味で、額の四方が丸くなっているのは「他者を傷つける“角”を持たない」ことを表す。

欄間には、ネズミが通るための穴が設けてある。かじられることを防ぐために、あえて通りやすくするという工夫だ。ここにも他者との共存という思想があり、この寺の懐の深さが伺える。

「研覃」の額について説明する宮城執事長

ネズミの通り穴は、認め合い共存することの大切さを教える

勇ましい不動明王像と思い人のための書院

仏間となっている内陣は、明治以前、宮家の貴人が皇室の行事に必要なことを学ぶ部屋として使用された。現在は、中央に役行者(えんのぎょうじゃ)の像が鎮座し、周りを修験道に関係が深い仏像が取り囲んでいる。

仏間中央の役行者は本山修験宗の宗祖

中でも、印象深いのは複数体ある不動明王像。右手に利剣、左手に縄状の羂索(けんじゃく)を持ち、人々に正しい知恵を授けるとともに、利剣で業や煩悩を切り取り、それを羂索で捕らえて背後の業火で燃やす。その表情は怖いだけではなく、どこか憂いをおびている。

「この表情は、子供のことを思う母親と同じです。どうすれば正しい知恵をつけて、よく育ってくれるか。子供のことを考えて叱る親のように、不動明王が私たちを思っている表情なのです」(宮城執事長)

特別公開期間には、本堂に祀(まつ)られている不動明王像も拝観できる。平安後期の作で、国の重要文化財に指定されている貴重な木像だ。

内陣の右手に置かれる室町時代作の不動明王像

宸殿から渡り廊下でつながる書院は、後水尾天皇が愛する櫛笥隆子(くしげたかこ)のために御所に建てた「女院御殿」を、聖護院が拝領して移築したもの。縦の桟で構成された引き違い戸「舞良戸(まいらど)」やきゃしゃな屋根、くぎ隠しに施された恋文を表す「折文(おれぶみ)」の意匠など、後水尾天皇の心遣いが感じられる造りである。

延宝4(1676)年に移築された書院は、重要文化財に指定されている

くぎを隠す装飾は恋文の形

当時、「一寸一両」と言われるほど高価だったガラスを2枚使った窓の造形も美しい。室内から見て右側は、建築当初より現存する鉛の含有量が高いクリスタルガラスで、独特のなまめかしさを持つ。

貴重なガラスがはまる花頭窓

皇室ゆかりの寺宝から、狩野派の障壁画、天皇が大切な人のために建てた書院、荘厳な仏像の数々、そして修験道の厳しい修行の一端を見ることができる聖護院門跡の特別公開。「聖護院」と聞いて、まず食べ物を思い浮かべてしまう人には、ぜひ一度訪れてみてほしい。

光格天皇ゆかりの輿(こし)も特別公開される

2018年 聖護院門跡 特別公開

  • 住所:京都市左京区聖護院中町15
  • 公開内容:狩野永納・益信筆金碧障壁画100余面、本尊 不動明王像(重文)、書院(重文)、光格天皇ゆかりの輿
  • 公開期間:2018915日(土)~ 1125日(日) ※101115日、1029日は拝観休止
  • 公開時間:午前10時~午後4時(受付終了)
  • 拝観料:大人800円、中高生・大学生600円、小学生以下無料(保護者同伴)

写真=黒岩 正和(96BOX
取材・文=藤井 和幸(96BOX
(バナー写真:上段の間から狩野派障壁画を眺める)

観光 神社仏閣 京都 関西 京都市 襖絵