熊本・天草「﨑津集落」:世界遺産登録までの歩み

2018年7月、熊本県天草地方にある港町「﨑津集落」が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つとしてユネスコの世界文化遺産に登録された。当初の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」という名称に、後から地名が加えられた天草地方では喜びもひとしおだ。登録までの道のりを前天草市長の安田公寛氏に聞いた。

世界に類を見ない潜伏キリシタンの歴史

キリスト教の信仰が禁じられた近世日本で、厳しい弾圧の中で信仰を続けた潜伏キリシタン。世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、神道や仏教など日本伝統の宗教や地域社会と共生しながら独自の信仰形態を守り続けた潜伏キリシタンの歴史が、世界に類を見ないものとして評価された。

構成資産には、1637(寛永14)年に勃発した島原・天草一揆で信者たちが立てこもった原城跡(長崎県南島原市)から、1865(慶応元)年の信徒発見の舞台となった大浦天主堂(長崎県長崎市)、長崎県五島列島に点在する潜伏キリシタン集落まで12の資産がある。そこに熊本県から唯一登録されたのが「天草の﨑津集落」だ。

波おだやかな羊角湾にたたずむ﨑津集落。小さな漁村の風景に心癒やされる

2018年5月、ユネスコの諮問機関であるイコモスから「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の登録が適当とする勧告が出された。前天草市長の安田公寛(きみひろ)氏は「ようやくという気持ち。素直にうれしかった」と、その第一報を受けた時の心境を振り返る。それもそのはず、最初に世界遺産の話が持ち上がったのが07年。それから11年後の朗報である。

当初は名称も違った。世界遺産暫定リストには「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として記載されていた。16年にはイコモスから「禁教の歴史の特殊性にスポットライトを当てるべきだ」と指摘され、推薦を取り下げたこともある。そんな紆余(うよ)曲折を経ての登録に、感慨もひとしおの様子だ。

安田氏は2000年本渡市(元天草市)市長に初当選。天草市合併後初の市長となり、2014年まで市政を担った

天草市民の努力によって実現した構成資産への追加

2007年に世界遺産登録の話が持ち上がった時、長崎県内の教会が中心で、天草地方の資産はそれほど注目を集めていなかったという。地元でも、行政や観光関係者の間で登録がおよぼす観光振興への期待感は高まったが、﨑津集落の人々からは世界遺産になることへの不安の声も多く聞かれた。そのため、市の学芸員たちが集落を一軒一軒まわり、住民の理解を得るために奔走した。

﨑津教会は「海の天主堂」とも呼ばれている

その上、世界遺産に登録されるには、国宝や重要文化財であることが必要だった。当時市長だった安田氏を中心に、4年がかりで整備を進め、2011年に﨑津地区は国の重要文化的景観に選定された。そして、登録への準備を着々と進めたかいあって14年、構成資産に加えられたのだった。

「﨑津集落は、構成資産の中でも漁村で育まれた独特の信仰形態を今も見ることができる貴重な場所です。これから訪れる人たちには、町歩きをしながら潜伏キリシタンたちの数奇な歴史を感じてほしい」

そう安田氏が語るように、﨑津集落では貝殻の模様を聖母マリアに見立て、白蝶貝でメダイを作って祈りをささげた。そうした独特の信心具は大切に保存され、﨑津資料館「みなと屋」などに展示されている。

﨑津諏訪神社から眺める﨑津集落

また、小さな集落の中に仏教、神道、キリスト教が共存してきたことを強く感じさせる場所でもある。﨑津諏訪神社の鳥居越しには﨑津教会の尖塔(せんとう)を見ることができ、寺院の裏にある墓地には十字架が並ぶ。20079月には仏国の「ル・モンド」紙に、教会で仏教や神道と共に、天草島原の乱で亡くなった人の霊を弔うために祈りをささげる「天草殉教祭」などが大きく取り上げられた。そのことも構成資産への追加を後押ししたという。

「禁教の歴史の特殊性にスポットライトを当てるべき」というイコモスの指摘を鑑みれば、﨑津集落は今回の世界文化遺産に登録された要素の一つで、天草の地名が加えられたのは当然のことに思える。

「﨑津集落の魅力は町並みや遺物だけではありません。町歩きの途中で出会う地域住民との会話が楽しいんですよ。﨑津には古くから、よそから来る人を受け入れる寛容な雰囲気があります」(安田氏)

名産の魚介類や杉ようかんを物色しながら散策し、店の人との会話を楽しむ

天草観光の目玉として高まる期待

白亜の大江教会まで﨑津集落から車で約15分

「世界遺産の登録名称に“天草”の文字が入ったのは大きな価値があります。﨑津集落はもちろんのこと、魅力あふれる天草全体をもっと知っていただきたいです」と安田氏。

天草市には、他にもキリシタン関連史跡が多くある。1933(昭和8)年、フランス人宣教師・ガルニエが私財を投じて地元信者たちと建てた大江教会は、美しい白亜の教会で知られる。天草のキリシタン史を伝える「天草キリシタン館」や潜伏期の隠れ部屋を復元した「天草ロザリオ館」などの観光施設は評判が高く、天草四郎関連の史跡も点在する。

約200点の資料を4つのゾーンで展示する「天草キリシタン館」

躍動感あふれる野生のミナミハンドウイルカがすぐ目の前に

同席した本渡商工会議所会頭の池田正三郎氏が「天草の新鮮な海の幸もおいしいですよ」と言うと、「特に地魚を使ったすしはおすすめです」と安田氏も同意する。

共に世界遺産登録に尽力した池田氏と

天草は東シナ海、有明海、不知火海(八代海)、3つの海に囲まれ、魚介類が豊富に捕れる。美しい海岸線や水平線に沈む夕日なども魅力だ。

「イルカが定着しているのは、海が豊かな証拠です。約300頭の野生のミナミハンドウイルカを間近に見ることができるイルカウォッチングは、ぜひ体験してほしいですね」(安田氏)

2人とも﨑津集落の世界遺産登録を契機に、より多くの人に天草を訪れてほしいと期待を寄せる。

ウニや地魚など、天草の新鮮な地魚を使ったすしも楽しみたい

国指定の名勝天然記念物である妙見浦

取材・文=歌岡 泰宏(ポルト)
写真=草野 清一郎
(バナー写真:小さな港町にそびえるゴシック建築の﨑津教会)

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