古民家ゲストハウス「toco.」: 懐かしいぬくもりがある東京の“別世界”

東京の入谷にある築90年以上の古民家を、若いスタッフの創意工夫で再生させた「ゲストハウスtoco.」。東京観光にちょっと疲れたら、中庭を眺めながら縁側でくつろぎ、夜は併設のバーで地元の人たちと交流する。世界から集う旅行者に特別な時間と経験を提供してくれる宿だ。

小さな入り口の向こうに広がる “風流な世界”

東京台東区の入谷駅から徒歩2分。「ゲストハウスtoco.」の外見は素っ気ない。小さな看板があるだけなので、注意して見なければ、気付かずに通り過ぎてしまいそうだ。ここが、予約の取りにくい人気のゲストハウスとはとても思えない。

しかし、その奥には外見からは予想もつかない空間が広がっている。

まずは一歩、中に足を踏み入れてみよう。築40年の眼鏡屋を改築したという建物の内部は、お茶やお酒が楽しめるリビング&バーラウンジだ。虹色にペイントされた階段がかわいらしく、狭いながらも明るくチャーミングな空間に仕上がっている。

夜になればバーに変身するこのスペースは、ゲスト同士の交流の場である。近所の住民が訪れることも多く、ちょっとした地域交流の場としても機能している。

「toco.」と記した小さな看板があるだけの正面入り口

扉を開けると居心地のいいラウンジ。夜はバーとして営業(午後7~12時) 写真提供:Backpackers’ Japan

しかし、驚くのはここからだ。バーカウンターの先のドアを開けると、母屋の古めかしい木造家屋と、よく手入れをされた日本庭園が目に飛び込んでくる。

あの簡素な入り口の奥に、こんなに風流な光景が広がっているなんて、まず想像できないだろう。この母屋は、築90年以上の古民家を再生したものだという。

toco.は、近年のゲストハウス・ブームの火付け役とも言われている。常に満室が続き、ゲストの8割前後が外国人だ。この日も、「なかなか予約が取れないので、『どんな宿だろう』と見学に来てみました」と、日本を旅行中のドイツ人カップルが訪れていた。

toco.の縁側で一休みするドイツ人カップル。わざわざ見学に訪れたという

“古き良き日本の家”での暮らしを体験

旅行客を引きつける魅力の第一は、運営会社 Backpackers’ Japan(バックパッカーズジャパン)代表取締役の本間貴裕さんが「一目ぼれした」という日本家屋と庭にあることは間違いない。

「ゲストハウスを始めたくて物件探しをしていた時に、大学の先輩からここを紹介されました。最寄り駅から近く、成田空港にも羽田空港にも出やすいし、上野や築地、浅草といった観光地へのアクセスも良い。そして、100年近く前に建てられた日本家屋や庭が気に入りました。風通しが良く、光も入りやすいですし、土の匂いが感じられた。ここしかないと直感して、すぐに契約したんです」(本間さん)

大正時代に建てられた日本家屋は、外国人だけでなく日本人にとっても魅力的だ。長い縁側、白い漆喰(しっくい)の壁、ガラス窓の引き戸に障子。ほぼ“絶滅種”になりつつある「古き良き日本の家」がここにある。

畳敷きの和室では、庭の眺めを楽しみながらリラックスできる

しかも、ただ古いだけではない。縁側も引き戸も細部に至るまでよくメンテナンスされているようで、木材が本来持っている「艶(つや)」がより一層引き出され、温かい輝きを放っている。美しい漆喰の壁の一部は、スタッフたちが塗り替えたそうだ。

「最初に見学した時には、庭も家屋も荒れ放題。スタッフや大工さんたちと一緒に、自分たちの手できれいに仕上げたんです」と本間さんは振り返る。

母屋の前に広がる日本庭園からは「富士塚」も拝める。富士塚とは、もともと江戸時代に気軽に登れるようにと富士山に模して造られた山や塚のことを言う。日本人の富士山信仰を象徴するもので、富士登山と同じご利益があるとされている。

実はtoco.から見えるのは、隣接する小野照崎(おのてるさき)神社の敷地内にある、重要有形民俗文化財に指定されている富士塚「下谷坂本富士」の裏側だ。そんな庭を眺めていると、どんどん癒やされる気がするから不思議だ。パワースポット的な要素もtoco.の魅力の一つかもしれない。

縁側から冨士塚を眺められる

スタッフの創意工夫でリピーターの多い宿に成長

部屋は、ドミトリーと畳敷きの和室の2タイプ。ドミトリーに設置された2段ベッドは清潔で使いやすそうだ。ベッドの下には、スーツケースが入る荷物スペースが確保されているのも旅行客にはありがたい。目を疲れさせない柔らかな光の照明や、古い日本家屋の造りをできるだけ生かしたインテリアやレイアウトも新鮮だ。

ドミトリーの2段ベッドはカーテンでプライバシーを確保。荷物を収納できるロッカーもある

広々とした共用のキッチンにも注目したい。本格的な料理ができるように調味料も豊富にそろえてある。長期旅行者にはうれしい施設といえるだろう。Wi-Fiはもちろん無料で、ダイニングスペースとは離れた場所にパソコンスペースが設けられているのも便利だ。

共用スペースのキッチンでは、調味料、食器がそろっている

建物のあちこちに花や小物がさりげなく飾られている。古い日本家屋の魅力を最大限に生かしながら、旅行客の使い勝手を考慮した創意工夫にあふれたtoco.からは、スタッフの「宿」に寄せる愛情が感じられる。

花や小物が至る所に置かれ、スタッフのさりげない心遣いを感じさせる

最後に、耳に心地良い「toco.」のネーミングの由来を本間さんに聞いてみた。

「寝床の“トコ”、常夏の“トコ”から着想を得て、創業メンバーの一人でもある当時の女将が付けた名前です。外国人の方にも発音しやすい名前だと思いました」

そんな本間さんの期待通り、国内外を問わず、多くの旅行客に「東京に行くならtoco.に泊まりたい」と望まれる宿に成長した。リピーターも多い。旅人を優しく受け入れ、「行ってらっしゃい」と明るく送り出す。フレンドリーなスタッフに支えられた趣のあるゲストハウスには、いつも穏やかな時間が流れている。

Backpackers’ Japan代表取締役の本間貴裕さん(左端)とtoco.のスタッフ

【DATA】

ゲストハウスtoco.

  • 住所:東京都 台東区 下谷2-13-21
  • Tel:03-6458-1686/ +81-3-6458-1686
  • アクセス:JR山手線「鶯谷駅」から徒歩8分・東京メトロ日比谷線「入谷駅」から徒歩2分
  • 料金:1泊 3000円前後
  • 公式ホームページ:https://backpackersjapan.co.jp/toco/

取材・文=三田村 蕗子
写真=コデラケイ

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