「祝儀」と「香典」:お祝い、お悔やみの心をお金に託す
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お年玉はお金ではなく餅だった
ポチ袋に入れて小遣いを贈るお年玉は正月の風物詩。その由来は、同じく正月恒例の鏡開きに関係する。
新年にはお供えの鏡餅に年神(としがみ)を迎え入れ、神が去った後で開いて雑煮や汁粉にして食べる。年神がくれた新しい魂「年魂(としだま)」を体内に取り込み、無病息災の糧とする風習だ。旧暦では正月に皆一つずつ年を重ねたので、いわば年魂は神様からの誕生日プレゼントともいえた。
餅を分け合う正月の風習は、室町時代に太刀や筆などを贈る儀礼へと変化。それが金銭の「年玉」になったのは戦後のことである。
現金はケガレが溜まるものだった
入進学や卒業、七五三や成人、就職、結婚、出産などおめでたい出来事が訪れた人には「祝儀」を贈る。人生の節目に金銭をプレゼントするのは、日本の文化である。
しかし昔は、人の手から手へと渡る現金には「ケガレが溜まる」と考えられ、祝儀に金銭を用いる習慣はなかった。古来の贈答文化は“現物支給”が基本で、現金を用いるようになったのは、貨幣経済が発達した近代以降のこと。お祝いには「せめてケガレのないものを」の意味を込めて、未使用の紙幣を包む人が多い。
逆に、香典のように不幸のあった人に贈る「不祝儀」もある。葬式で金銭を渡す風習は室町時代から一部の上流階級で見られたものの、一般的には供え物や遺族をねぎらう食糧を用意していた。それが「遺族が用意するお香やお花の代金」という名目の香典や花料になった。
現金をむき出しにすると、さらに汚れ・ケガレが付くため、専用の紙袋に入れて渡すのが作法だ。文具店にはいろいろな種類の祝儀袋や香典袋があり、用途や包む金額によってデザインが変わる。少額の香典などは封筒タイプで差し支えないが、高額になる結婚祝いのような場合は、金封をさらに和紙で包む「折形(おりかた)」を使う。贈答品を和紙で美しく包装する技術で、武家礼法の一つだ。
金額や包み方で縁起を担ぐ
金額の相場は相手との関係次第だが、5000円や3万円など、最初の桁は奇数にすることが多い。この慣習は、奇数を吉数とした古代中国の思想に基づく。特に結婚祝いでは、偶数は割り切れるから「別れ」につながると忌避される。仮に2万円を包むなら、1万円1枚と5000円2枚のように、紙幣を奇数にする方法もある。さらに「死」「苦」と音が共通する「四」「九」は忌み数字とされ、贈る相手に不快な思いをさせるので避けたい。
金封には名前と住所、金額を記入する。金額の頭には「金(きん)」、最後に「円也(なり)」を付け、数字は画数の多い漢字(大字)で書くのが習わし。例えば1万5000円なら「金壱萬伍仟円也」となる。見栄えの良さだけでなく改ざん防止の意味もあるのだが、今どきは算用数字でも問題ないだろう。
市販の折形はあらかじめ正しくセットされているので、元の形を覚えておこう。祝儀と香典では後ろの折り重ね方が上下逆となり、特に注意が必要だ。祝儀は下側を外、つまり口を上向きにして「幸せがこぼれ落ちないように」と縁起を担ぐのだ。香典は逆に、「不幸をためこまないように」と上側をかぶせる。
金封のあしらいにも理由がある
折形は和紙のこよりを束にしたひも「水引」で結ぶ。一説では、平安貴族が連歌を綴(と)じたひもが由来とされ、「ケガレを水に流し清める」意味があるともいう。
水引の結び方は「双輪(もろわな)結び」と「結び切り」の2種類に大別できる。前者はリボンのように簡単にほどけることから、出産や進学など繰り返しあってほしい慶事用。後者は固く結んでほどけないため、一度切りであってほしい香典やお見舞い、結婚祝いにも用いる。
金封の基調色は、祝儀=慶事は紅白、不祝儀=弔事は白黒。けがや病気などのお見舞いの場合は「快気祝い」を先取る意味で紅白にし、「二度とないように」と願を掛けて結び切りにする。
祝儀袋には「熨斗(のし)」という飾りが付く。干しあわびを薄く伸(の)した「のしあわび」が原型で、さかなとして酒を飲むと神が降りて生命力が伸びるとされた縁起物であり、神への最上級の供物だった。歳暮や中元などにも添えられるが、魚介に由来するので海産物の贈答品では不要とされる。また、神が介在しない葬式の香典袋にも付かない。
最後は、贈答の名目を毛筆でしたためる表書きだ。祝儀では「寿(ことぶき)」や「御祝」と書いておけば、シチュエーションを問わず通用する。香典の場合は相手の宗教によって異なるが、「御霊前」ならオールマイティーだ。その下に記名も忘れずに。香典では「涙で文字がかすれた」という意味で薄墨を用い、専用の筆ペンも販売されている。
祝儀・香典は「袱紗(ふくさ)」に包むと汚さず、相手にも礼儀正しい印象を与えるはず。絹製の風呂敷のような包み布で、最近では長財布のようなポケットタイプも人気。慶事用は明るい暖色系、弔事用は沈んだ寒色系とされ、紫ならどちらでもOKだ。
手渡す時は、両手で差し出すのが作法。何より「おめでとうございます」や「お悔やみ申し上げます」と気持ちを伝えることが大切だ。
祝儀・香典の手渡し方
- 袋を自分の正面に向けて手前を両手で持つ。右手を袋の右上に持ち変える
- 袋を時計回りに90度回転。左手を袋の右下、右手を左上に
- さらに90度回転して相手の正面に向け、左手を袋の手前に
- 両手で相手に差し出す
現代では、祝儀の何割かをお返しすることを「内祝い」と呼ぶが、本来は身内への慶事報告を託した贈り物を意味する。そもそも結婚祝いや香典には、”繰り返し”につながるお返しの慣習はない。祝儀も不祝儀も相互扶助の精神に基づく文化であり、「お互いさま」の気持ちで贈れば、いずれ自分や家族に返ってくるだろう。
監修:柴崎直人(SHIBAZAKI Naoto)
岐阜大学大学院准教授。心理学の視点で捉えたマナー教育体系の研究を専門とし、礼儀作法教育者への指導にも努める。小笠原流礼法総師範として講師育成にも従事。
イラスト=さとう ただし
文=ニッポンドットコム編集部
バナー写真:PIXTA