足をしびれさせるのが狙いだった⁉:正座を“正しい座り方”にした徳川幕府の知恵
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正座を代表とする日本特有の床座
日本人は古くから家の中では履物を脱ぎ、板の間や畳の上に腰を下ろす「床座(ゆかざ)」で生活してきた。
明治時代から徐々に椅子が普及したものの、昭和までは座卓を囲んで食事をしたり、畳の上で一家だんらんしたりする家庭が主流だった。現在でも寺院や一部の飲食店では、靴を脱いでから室内に上がり、床面に直に座ることになる。そうした場面では、家で靴を脱がず、椅子を使って生活する欧米人を中心に「どう座ればいいのか…」と戸惑う訪日客が多いようだ。
まずは、日本の代表的な床座をいくつか紹介したい。
- 正座(せいざ):両脚をそろえて膝を折り、足首からかかとの上に尻を乗せる
- 跪座(きざ):正座の状態からかかとを上げ、爪先と両膝を床に付ける
- 割座(わりざ)・亀居(かめい):正座の姿勢から足を左右に出してM字で座る
- あぐら:体の前で両足を組む。ゆるく足を交差させるあぐらを安座(あんざ)と呼ぶ
- 結跏趺座(けっかふざ):両足を組んで反対側のうちももに乗せる。座禅の際に用いられる
- 蹲踞(そんきょ):爪先立ちでしゃがみこむ。かかとまで床に着けると、和式トイレで踏ん張るポーズになるので俗に「うんこ座り」とも
- 立て膝:片膝を立て、逆の膝を床に着く。片足をあぐらの形にするパターンも
- 体育座り・三角座り:尻を床に着いて両膝を立て、膝に手を載せたり脚を抱え込んだりする
日本人はいろいろな座り方をし、くつろぐ時には欧米人にもなじみのある横座りやあぐらをする。学校の体育の授業に取り入れられた姿勢で、両膝を立てて地面に尻を着ける「体育座り(三角座り)」のような比較的楽な座り方もある。
最大の難関が「正座」で、外国人のみならず、日本人も苦手とする人が少なくない。両膝を折り曲げ、上半身の全体重をふくらはぎからかかとに乗せるので、血行が悪くなって足がしびれてしまう。それなのに、仏事や茶会などのかしこまった場面では、正座を求められるのだ。
しきたりとして幼い頃から教え込まれるので、日本人はあまり深く考えずに足をしびれさせているわけだが、外国人なら「こんな“セルフ責め苦”のようなポーズが、なぜ“正しい座り方”なのか?」と疑問を持つだろう。
“しびれる”のを統治に利用した徳川幕府
中世までの日本では、かしこまった場でもあぐらや立て膝をしていた。現在の正座は「危座(きざ)」と呼ばれ、あまり一般的ではなかったようだ。
危座の「危」は、崖の上から下をのぞき込む人を表す象形文字で、「危うい」の他に「高い」という意味も持つ。尻を直接床に着けず、座高も高くなることが由来のようだが、「足がしびれる危険な座り方」とイメージした方が覚えやすい。
実際、昔は罪人などに長時間の危座をさせ、自白や反省を促したというから、せっかん的な要素を持つ。説教を受けたり謝罪したりする際に正座をするのは、その名残だろう。
そんな危座を「正式な座法」にしたのは、戦国の世を平定した徳川将軍家。その目的は、謁見(えっけん)相手の足をしびれさせることにあったという。危座をさせれば、相手はすぐに立ち上がれないため、いきなり襲い掛かられることはない。そして危座する側も、将軍や幕臣、上役に対し、「逆らう意志などございません」と姿勢で恭順の意を示せたのだ。
それを武家と茶会などで交流した商家がまねたことで、目上の人に敬意を示す座り方として町人層にも浸透していく。その広まりには、自然と背筋が伸び、姿勢が良くなるという利点も寄与したとも思われる。
地面に膝をつく姿勢は、神仏を拝する作法として世界中で見られるが、相手に敬意を払うための正座は日本ならでは。こうした武家礼法を生み出したことが、徳川幕府264年の天下泰平の一助となった。
畳や座布団が座り方の作法を育てた
正座の普及に欠かせなかったのが畳の文化。板床よりも柔らかく、冷たくもないため、床座に向いていたのだ。当初は公家や武家の屋敷で使われていたが、江戸中期には町人にまで広まっていく。
中綿入りの柔らかい座布団が登場したのも、同じく江戸時代あたりからだった。畳の上に座布団を敷けば、正座の苦痛はかなり和らぐ。
座布団にも作法があり、まず使う際は、手前でかかとを立てる跪座になってから、片膝ずつ上に乗せて正座になる。「お楽にどうぞ」と言われたら「失礼して足を崩させていただきます」などと断ってから、あぐらや横座りに変えよう。
和室での会食などに呼ばれたときは、「座布団の三大NG」に気を付けたい。まず、せっかく用意してくれたふかふかの座布団を踏みつけることは厳禁だ。次に、相手が座ってほしい位置に置いているので、断りなく動かして座らないこと。そして、謝罪や頼み事をするときなどのあらたまった礼は、座布団を外して低い位置でするのが礼儀。
このように、座る行為一つで敬意を表すのは実にユニークな文化で、礼儀を重んじる芸道や武道の世界では、正座の伝統が受け継がれている。かるたやプロの囲碁・将棋でも対局時に正座をするが、あぐらよりも前傾しやすい利点もあるからだ。
危座を正座と呼ぶようになったのは明治以降らしい。江戸中期にベストセラーとなった健康指南書『養生訓』(1713年刊)には「座る時は正座にすべし」とあるが、ここでの正座はあぐらのことを指すという。戦前の学校教育で指導されたことで国民全体が「正しい座り方」と認識してからは、100年もたっていないのだ。
すでに日常生活においては椅子やソファに腰掛ける生活が一般的になり、正座はおろかあぐらをかくことができない日本人もいる。近年の教育現場では「長時間の正座」は体罰に当たるとされ、畳の生活に慣れている昭和世代も年を重ねるにつれ、膝が痛い腰が痛いと和室を敬遠する人は少なくない。
『養生訓』では「くつろぐ時は安座がよい。時々は椅子に腰掛ければ気がめぐってよい」と続く。やはり江戸時代も、普段は体に負担が少ない楽な姿勢が好まれたようだ。
監修:柴崎直人(SHIBAZAKI Naoto)
岐阜大学大学院准教授。心理学の視点で捉えたマナー教育体系の研究を専門とし、礼儀作法教育者への指導にも努める。小笠原流礼法総師範として講師育成にも従事。
イラスト=さとう ただし
文=ニッポンドットコム編集部
バナー写真:PIXTA