お辞儀:敬う心を込めたあいさつとは
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“急所”の頭を差し出し、相手への敬意を示す
日本の学校には、授業の始まりと終わりに「お辞儀」をする慣習がある。座席から立ち上がり、先生に向かって「礼!」の号令とともに、頭を下げるのだ。
「礼」という言葉自体にお辞儀の意味があるように、最も代表的な礼儀作法。元々は上位の相手に対して、最大の急所である頭を差し出すことで、敵意がないことを示した。奈良時代以前に中国から伝わったといい、中世に武家礼法として形式化し、相手に敬意を伝える所作となった。
頭を深く下げるほど、深い敬意を示すことになる。立礼の場合、最も簡単な「会釈」は上体を前に15度程度傾ける。普段のあいさつに用いる「敬礼」は45度程度で、神仏を拝む時の「最敬礼」は直角近くまで体を折りたたむ。
- 息を吸いながら上体を前に傾ける。
- それぞれのお辞儀の角度まで前傾したら、今度は息を吐く。
- 吐き終わったら、再び息を吸いながら上体を起こす。
この際、肩の力を抜くことで、手は自然と開いたまま、太ももから膝方向に滑り降りる。浅い角度のお辞儀では呼吸も浅く。この通りできなくても心にとめておくだけで姿勢が整う。
古来の礼儀作法は実に合理的で、全ての所作が体の自然な動きに基づく。お辞儀の場合は、吸う→吐く→吸うという呼吸法「礼三息」がポイント。個人差の少ない呼吸の長さを基準にすることで、お互いのお辞儀のタイミングが合いやすくなる。また、空気を吸い込むと腹圧が高まるため、無意識に姿勢を美しく保てるのだ。元の姿勢に戻った後も、相手を見つめながら息を吐いて敬意を込めよう。これを「残心」といい、“心・技・体”の調和を重視する武道の心得に通じる。
こうした伝統的な型は、日本人でもしっかり理解しているとは言い難い。現代では「頭を下げたら心の中で3つ数える」などと、形だけの“お作法”が一人歩きしているように感じる。
例えば、ホテルや高級料理店などでは、おなかの前で手を重ねて恭しいお辞儀をしてくれる。これが最上級の礼だと思ってしまうが、一説には現在の三越の前身にあたる百貨店が近代に始めたという、比較的新しい商人文化の作法である。
敵意がないと伝えるのは握手と同じ
お辞儀は敬意を示すほか、謝罪や感謝を示す場面で使われるので、海外からは分かりづらい面がある。政治家や企業の謝罪会見では、冒頭で深々と頭を下げるのがお決まりだが、野球やサッカーなどのスポーツでは、観客や対戦相手に感謝を込めて礼をする。
時として海外メディアやSNSでは「敗退したことをわびている」と誤解して伝えているが、「応援してくれてありがとう」「皆さんの声援が力になりました」という気持ちを表すことの方が多い。2019年のラグビーワールドカップ(W杯)では、開催国の日本代表にならい、各国代表が試合後、勝敗に関わらず観客席にお辞儀をして話題となった。
一方、国際儀礼のあいさつである「握手」は、日本人には根付いていない。握り合った手を振るという基本的な作法すら、あまり知られていないのだ。文字通り“シェークハンド”によって、互いに武器を隠し持っていないことを確認するというルーツは、日本のお辞儀に通じるものがある。それなのに、ただ手を握るだけの人が多い。握手と同時にお辞儀をする人もいるが、アイコンタクトを避けて潔白表明から逃げているように思われるので要注意。
お辞儀にせよ、握手にせよ、「なぜそうするのか」をたどれば他者への心遣いに行き着く。もっと言えば、洋の東西を問わず、あらゆる作法が人間関係を円滑にするために存在する。日本のコミュニケーション体系はお辞儀に代表される「非接触型」が目立つが、根っこにあるのは“相手との距離感”を大事にする気質。敬語を使って心理的な距離を置くことも、相手を大切にする気持ちの表れだ。
礼とは真心であり、その裏には必ず意味がある。文化的な背景が分かると、一見堅苦しく感じる礼儀作法に込められた相手への気遣いや思いやりが読み取れて、自然にできるようになるだろう。
監修:柴崎直人(SHIBAZAKI Naoto)
岐阜大学大学院准教授。心理学の視点で捉えたマナー教育体系の研究を専門とし、礼儀作法教育者への指導にも努める。小笠原流礼法総師範として講師育成にも従事。
イラスト=さとう ただし
文=ニッポンドットコム編集部
バナー写真:ラグビーW杯2023で1次リーグ敗退が決まった日本代表が観衆に向かって深々とお辞儀をした=2023年10月8日(ロイター)