【憂愁の作家】佐藤泰志 ライカ北紀行 ―函館― 第80回
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走る、走る、雨のなかも夜も走る。光あふれる函館を走りつづける。たんねんに走行記録をとる。こころの病をかかえた主人公の和雄は、女医にランニングを勧められたのであった。
精神科の女医に、死にたいと思ったことがあるかと問診され、主人公和雄はあると答えた。映画『草の響き』冒頭のこのシーン、和雄こそ原作者・佐藤泰志の投影された姿だ、と。彼は、生前、睡眠薬による自殺未遂事件をおこし、医者から走れと診断されたことがある。
佐藤泰志の代表作・小説『海炭市叙景』を読み始めたものの、あまりにも暗く耐えきれず途中で投げだした。その代表作が映画化され評判となり、再評価された作品の数々が映画制作され、本作で五作目となった。
2021年秋、旧知の菅原和博さんが企画・制作・プロデュースした最新作『草の響き』が上映された。いつまでも食わず嫌いは臆病と、彼が代表をつとめる函館市民映画館・シネマアイリスに足を運んだ。
東京から地元の函館にもどってきた東出昌大演じる和雄は徐々にこころの平穏をとりもどした。奈緒演じる和雄の妻純子は、初めての函館で孤独な日々。
「なんでこうなっちゃったんだろうね、私たち」と二人の関係の危うさを漂わせつつ、夫をささえる。大東駿介演じる和雄の昔からの友人研二もそれとなく和雄に寄りそう。今が旬の俳優が演じる世界に一気に引きこまれてしまった。
撮影の合間に東出と役者仲間が、大東が借りた軽四自動車の狭いなかで函館名物のB級グルメ「やきとり弁当」を食べて、和雄の人生を語らい撮影がすすんでいったという。
原作者の佐藤泰志は1949年函館生まれ、函館西高校の出身。後輩に芥川賞作家の辻仁成がいる。
佐藤は、部活は文芸部に入り在学中から小説を書きはじめ、有島青少年文芸賞優秀賞を二年連続で受賞するなど早熟な才能をみせた。喫煙などで停学処分を二度も。東京の大学に進学し文芸誌に小説を寄せた。芥川賞の候補作に選ばれること5回、41歳で妻子をのこし自ら命を絶った。死後17年になってようやく再評価の機運が高まり、作品は次々と映画化されている。
思いがけない展開のラストシーン。和雄を置いて東京にもどることを決めた純子に和雄は、病院の公衆電話からごめんねと携帯に伝言をのこした。和雄は睡眠薬を大量に飲み病院に担ぎこまれ療養中であった。
和雄は病院をぬけだし何時ものように走りだした、その顔は晴れやか。子を宿す純子はフェリーに向かう道すがら、かねて念願のキタキツネに出会い、彼女の顔に明るい光がさした。
ふたりの青春は終わったか。それとも、明るい日差しが注ぐか。
●道案内
緑の島 市電「大町」下車、徒歩8分(地図へ)