【けあらし幻想】根崎海岸 ライカ北紀行 ―函館― 第78回
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きびしく冷えこんだお正月の早朝。朝日が射し、風もおだやか。カメラをひっつかみ車で5、6分、湯の川温泉の根崎海岸に急いだ。
そこには、けあらし(気嵐)がたちこめていた。眼前の、波音もなく無音の光景にことばもでない。自然が創り出した驚異の造形だ。
凍えるような冬の早朝、海上に白くただよう幻想的な霧を「けあらし」という。もともとは、北海道・留萌地方の方言であったとか。気象用語では「蒸気霧」。海水温と外気温の差が15度以上あり、風はおだやかで晴れわたった早朝に発生。北国の冬に現れる。
この光と霧の一大ページェントにたちつくしていると、20年ほどまえ、ロンドンのナショナル・ギャラリーで観たターナーの画が浮かんだ。雨が降りしきり水蒸気となった大気のなかを、おぼろげな色に溶けこんだ河にかかる橋を、蒸気機関車が疾走していく。「雨、蒸気、スピード:グレート・ウェスタン鉄道」。
重ねて、ジャズが耳にひびいた。モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)の「たそがれのヴェニス」。その透明感のあるクールな名演奏は、静寂なけあらしの情景そのものだ。
氷点下10度の海岸でルアーを投げていた釣り人がひとり。サクラマスに挑戦し粘るも、一匹も釣れなかったそう。だが、「幻想的なけあらしに出会えたのが釣果(ちょうか)かな」と一言。
●道案内
根崎海岸 市電「湯の川」下車、徒歩15分(地図へ)