【けあらし幻想】根崎海岸 ライカ北紀行 ―函館― 第78回

西野 鷹志 【Profile】

きびしく冷えこんだお正月の早朝。朝日が射し、風もおだやか。カメラをひっつかみ車で5、6分、湯の川温泉の根崎海岸に急いだ。

そこには、けあらし(気嵐)がたちこめていた。眼前の、波音もなく無音の光景にことばもでない。自然が創り出した驚異の造形だ。

静寂に包まれる根崎海岸(2021)
静寂に包まれる根崎海岸(2021)

凍えるような冬の早朝、海上に白くただよう幻想的な霧を「けあらし」という。もともとは、北海道・留萌地方の方言であったとか。気象用語では「蒸気霧」。海水温と外気温の差が15度以上あり、風はおだやかで晴れわたった早朝に発生。北国の冬に現れる。 

光と影の一大ページェント(2021、根崎海岸)
光と影の一大ページェント(2021、根崎海岸)

この光と霧の一大ページェントにたちつくしていると、20年ほどまえ、ロンドンのナショナル・ギャラリーで観たターナーの画が浮かんだ。雨が降りしきり水蒸気となった大気のなかを、おぼろげな色に溶けこんだ河にかかる橋を、蒸気機関車が疾走していく。「雨、蒸気、スピード:グレート・ウェスタン鉄道」。 

重ねて、ジャズが耳にひびいた。モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)の「たそがれのヴェニス」。その透明感のあるクールな名演奏は、静寂なけあらしの情景そのものだ。 

氷点下10度の海岸でルアーを投げていた釣り人がひとり。サクラマスに挑戦し粘るも、一匹も釣れなかったそう。だが、「幻想的なけあらしに出会えたのが釣果(ちょうか)かな」と一言。

けあらしの中、釣り人が一人(2021、函館・根崎海岸)
けあらしの中、釣り人が一人(2021、函館・根崎海岸)

●道案内
根崎海岸 市電「湯の川」下車、徒歩15分(地図へ

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    1941年東京生まれ。エッセイスト・写真家。函館中部高校を経て慶応義塾大学経済学部卒。30代半ばで郷里に戻り、函館山ロープウェイを経営する傍ら、日本初のコミュニティFM放送「FMいるか」を創設。北海道教育委員や女子高の理事長、函館のタウン誌「街」の発行人もつとめるなどその活躍は多彩。愛用のカメラ、ライカを肩に北の港街をモノクロで撮り続けて30年。『ウイスキー・ボンボン』『風のcafé 函館の時間』など多くの著書がある。

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