【奥の巻】ライカ北紀行 ―函館― 第62回
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咲きほこったソメイヨシノは散り八重桜がひらくころ、函館大妻高校の庭で、春恒例の野点(のだて)がおこなわれる。
200人ほどの市民が、花の色がこい紅、うす紅、そして白にちかくなる兼六園菊桜のもとで、新緑と生徒のお手前を楽しむ。
1919(大正8)年、この女子高の創立者・外山ハツが、女子教育の草分け、大妻コタカが東京にひらいた大妻技芸学校(現・大妻女子大学)で学業にはげみ、卒業とともに乞われて同校刺繍科の教員となった。だが、関東大震災により東京が焼け野原となり、大妻の校舎も焼けてしまった。
ハツは故郷・函館にもどって手仕事を身につける女子の学校をひらこうと、本校より分校・函館大妻技芸学校(現・函館大妻高校)創立のゆるしを得る。校訓「恥を知れ」とともに。1924(大正13)年のことだ。
ハツが東京で取得した茶道松尾流の「奥の巻」をおそるおそる開いてみた。松尾流は尾張徳川家に茶道指南役として仕えた流派である。巻物の最後に「清心を修め品行方正にして尚尚勉学に勤(いそし)むべし」。
じつは、小生はこの女子高茶道部のもぐりの幽霊部員だ。「恥を知れ」にドキッとする白髪頭のおじいちゃんは表千家流で、生涯日々勉強とお茶碗をぎこちなくまわしている。そのお点前すがたに女学生はびっくり顔だが、ひそかに応援してくれている。
人生晩期、小生の舞台はぐるっとまわって女学校かな。これも楽しからずや。
函館大妻高校は時代の荒波、小波をのりこえ、2024年に創立100周年をむかえる。