【路地裏のコーヒー】ライカ北紀行 ―函館― 第60回
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斜めに伸びた大きな柳の木が一本、葉をたらして入り口をおおい、小路には柳の木がつらなっていた。柳小路。その柳の下で酒をおぼえた。
昭和30年代、北洋サケマス漁業の基地・函館。毎春、母船と独航船が港を埋めつくす。
船団は、5月、いっせいにベーリング海、カムチャッカ沖などの北太平洋へ向けて出航。全国から船員、漁夫があつまり、出航まえは、飲めや歌えと、函館駅前大門は千鳥足の男たちでそこかしこでにぎわった。
学生のころ、駅前にある柳小路のビアスタンドで、高校時代の仲間と再会を祝って先ず生ビールで乾杯。そのあと、ジンフィズのフレッシュな味わいにさそわれ、モカ、バナナ、ヴァイオレット、抹茶……とフィズ類をつぎつぎと総なめにした。
もちろん腰をぬかした。二日酔いならぬ三日酔い。酔いがさめて、路地裏のしゃれた珈琲店で味わったブラジルコーヒーはひどく苦かった。
小路の柳も、今は枝を払われ、真裸となった3本があるのみ。入り口の大きな柳も枯れ、軒をつらねていた屋台、小料理屋、キャバレーなどは、とうの昔に消えた。
ただ、開業60年あまりで人気の舶来居酒屋「杉の子」は、3年ほどまえ近くに移転して健在だ。
電車通りでただ一つ残っている細い小路がある。灯のともった看板と大きな電球が足元を照らす菊水小路。
昔、「やきとり太郎」に飾ってあった馬の絵に感動した覚えがある。地元の画家・橋本三郎作。
ここも小料理屋、やきとり、スナックが商売していたが、クシの歯が欠けるように店が消え、哀愁ただよう一角となった。久しぶりに足を運ぶと、ワインと黒毛和牛のお店「一寸酔って粋な夜」の新しい看板があった。この店の灯がこのあたりを明るくしている。
函館駅前大門も空洞化の一方で再開発がすすむ。“ボーニさん”と市民に親しまれた老舗百貨店「棒二森屋」は、2年まえに82年の歴史を閉じた。
その跡地で、タワーホテルとマンションを核にして高い屋根がある市民広場やバル街が5年後の開業を目指している。
水清ければ魚棲まずという。街も小路とか裏通りには猥雑感とか生活感があり、人をひきつける。東京・銀座の路地裏は、表通りにない薄闇と奥の広がりが魅力的だ。
駅前大門が生活感にあふれ、ご近所さんも遠くの人も行き交うにぎやかな界隈とならんことを願う。
●道案内
柳小路 市電「函館駅前」下車、徒歩1分(地図へ)