【語りかける石】鷲ノ木遺跡 ライカ北紀行 —函館— 第40回
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石は輝いていた。およそ600個の円く並んだ石は、“今も生きている”、と感じた。縄文の世、4000年の眠りから、目を覚ましたばかりなのだ。函館から車で北へ1時間、駒ヶ岳をのぞむ森町にある鷲ノ木遺跡のストーンサークル。
このストーンサークルを、どうやって築いたのか。発掘現場で出会った考古学者の話を種に、想像をめぐらせてみよう。
木の棒に尖った石をくくりつけた鋤(すき)で土地を平らにする。重機などない世、土木工事にかなりの人手と時間がかかる。3キロほど離れた河原の石を、2本の丸太の間に乗せ3~4人がかりで担ぐ。上り下りもあり途中何度も休む。汗をぬぐい土器の水でのどをぬらし、干し鮭をちぎり胡桃の実を食べる。駒ヶ岳の方向から昇る朝日とともに目覚めた今日も、いつしか陽がかげり、充実感いっぱいに終えた。
1万年ほどつづいた縄文時代の後期、生きるだけの生活から解放され、自然とともにゆとりある暮らしであった。だからこそ、飯の種にもならぬ石運びに精を出せたのだろう。
なぜ、石を円く並べたのか。このストーンサークルは墓地ではなく、祭りごとの場であったといわれている。大きな円の真ん中に小さな円がある。同心円は求心力を発信、人をひきつける。縄文人は意図して時間をかけ、石で同心円のモニュメントを造った。ここは彼らの心のよりどころ、聖地であった。暮らしの恵みを太陽に祈り、円をかこみ踊ったにちがいない。
日本では縄文にあたる時代に築かれたエジプトのピラミッドを指さして、ナポレオンは、「ピラミッドの上から4000年の歴史が諸君を見下ろしている」と兵士をふるいたたせたという。
高速道路の工事のせいで、21世紀に、永く深い眠りから目覚めた石たちは、何を語りかけているのだろうか。
●道案内
鷲ノ木遺跡 函館より車で1時間。JR函館本線「森」駅より車で約5分(地図へ)