【津軽の匂いがする】下海岸 ライカ北紀行 —函館— 第17回
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銀行強盗をして警察に追われ、アルジェの迷路カスバに逃げこんだジャン・ギャバン演じるペペ・ル・モコ。ここに迷いこんだ旅のパリ女、ギャビーと彼は恋仲となる。ラストシーン、男は船で去りゆく女を追って迷路をぬけ、絶叫しながら波止場の鉄柵にしがみつく。名監督デュヴィヴィエの面目躍如たるフランス映画「望郷」。学生のころ、東京の場末で出会っていらい何度くりかえし観たことか。
大雪のあとに晴れわたった函館・下海岸、汐泊川ちかくの浜辺。昔そこにあった屋根の瓦と壁が欠け落ち、傾きかけた大柄の番屋は跡かたもなく消えていた。イワシの木村番屋。いまは雪原が広がっているだけであった。
明治から昭和初期にかけ、イワシの大群がおしよせ海の色がかわった。イワシを大釜で炊いて畑作肥料となる魚粕が地域をうるおした。漁期の11~12月、漁師は番屋に泊まりこみ“ヤサヨ、ヤサァヨー”と地引き網をひき、女たちはイワシをつめこんだモッコをかつぎ浜と釜場を行きかった。番屋跡にたたずめば、往時のにぎわいが目にうかぶ。昭和15(1940)年ごろを境にイワシの大群の回遊は減るばかりで、昭和27年、親方は漁場を閉じた。
まだ残っていた番屋のそばで、80歳をすぎたおばあちゃんと出会ったのは15年ほどまえ。色白で目がぱっちり、鼻がたかく、うりざね顔、美人の面影がある。相手の漁師の顔を一度も見ずに、津軽の弘前から海をわたって嫁いで来て70年ほど。淋しいとき、辛いときは望郷の念にかられ、海峡をゆく青函連絡船に目をこらし、対岸の津軽の山々に古里をしのんで生きてきた、と語ってくれた。お元気であれば100歳ぐらいとなる。
ぺぺはギャビーを抱きしめて望郷の念にかられ、「メトロの匂いがする」とつぶやいた。弘前生まれのおばあちゃんは、海峡の速い潮の流れに津軽の匂いを嗅ぎとっていたのだ。
●道案内
汐泊川橋付近 函館市街より車で30分(地図へ)