現代絵師たちが一休さんの寺の襖絵に挑む:京都・大徳寺真珠庵「襖絵プロジェクト」
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一休さんのお寺は「エブリシングOK」
「一休さん」は日本人なら誰もが名前を知っている僧侶だ。1970年代に放送されたアニメの印象が強く、かわいらしい頓智小僧を思い浮かべる人が多いが、実は、臨済宗大徳寺派の高僧。その一休宗純を開祖とする大徳寺の塔頭寺院「真珠庵」で、約400年ぶりに襖絵が新調される。
真珠庵の方丈(本堂)には、一休さんに禅の教えを受けたといわれる曽我蛇足や、桃山時代を代表する絵師の長谷川等伯が描いた襖絵が遺されている。しかし、蛇足作は約530年、等伯作は400年もの長い時間を経て傷みが目立つようになり、2015年から8年計画の修復作業に入っている。そこで、本家の不在を埋めるために、新たな襖絵が制作されることになった。
襖絵を描くのは、「釣りバカ日誌」で知られる漫画家・北見けんいちさん、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の制作会社ガイナックス代表の山賀博之さん、ゲーム「ファイナルファンタジー」のアートディレクターを務めた上国料勇さんら6人の現代絵師。漫画にアニメにゲームと仏道とはなかなか結び付かない取り合わせだが、型破りだった一休さんのお寺だけあって、山田宗正住職いわく「エブリシングOK」。
現代絵師が制作した襖絵の一般公開は9月1日から12月16日まで。これに合わせて、通常は非公開である書院「通僊院(つうせんいん)」や茶室「庭玉軒」、 一休と同時代の茶人である村田珠光作と言われる、枯山水の庭園「七五三の庭」 なども特別に公開される。
書生目線での作家さんたち
駆け出し映像作家である筆者は、書生として真珠庵に居候している。お寺での主な仕事は庭の掃除ではあるが、作家の端くれとして、今をけん引するクリエイターたちの創作風景を間近で見ることができるのは、とても刺激的でぜいたくな体験である。
寺の朝は早い。6時には住職の読経の声が響き、書生は庭掃除を済ませて、朝食の準備にとりかかかる。絵師たちはといえば、目覚めるとすぐに創作を開始する人もいれば、住職とともに座禅を組んで精神統一を図る人もいる。
日が暮れると、一同集まって夕食の準備をし、玄人はだしの住職の手料理に舌鼓を打つ。分野は異なれど、超一流のクリエイター集団だけに、さぞや緊張感漂うのかと思いきや、堅苦しい雰囲気はなく、家族のように和気あいあいとしている。酒宴が盛り上がっても、きっかり11時になるとお開きとなり、翌日に備える。
ゼロは無限大
食卓を囲んで交わされる何気ない会話についつい引き込まれる。
上国料さんが「ゼロって無限大と同じだよね」と言っていたのが興味深かった。実は、今回制作される新しい襖絵は全て「寄進」であり、絵師たちは「ノーギャラ」だ。重要文化財の襖絵の修復には膨大な費用がかかるため、「寄進」された襖絵の一般公開の入場料で少しでも稼ごうという狙いだ。
普通の仕事には、締切が設定され、仕事の価値に見合ったギャラが支払われる。これが作品完成の一つの目安になる。しかし、「ノーギャラ」ではそもそも目安の付けようがない。どの段階で完成とするかは、作家の腹次第なのだ。つまり、ゼロはどんなに高いギャラで創作される作品よりも価値を持ち得るという意味で「無限大」と語ったのだ。
北見さんは、忙しい連載の合間を縫って、何度も真珠庵に足を運んでいる。別荘を構える与論島(鹿児島県)での宴の様子を「楽園」と題して制作中だ。そこには漫画のキャラクターも登場する。「どんどん凝っちゃってね。公開日までに終わるかな…」と困ったようにぼやいてみせるものの、その笑顔からは、襖絵の制作が楽しくて仕方ないことが伝わってくる。
お寺全体の連動感
新しい襖絵の制作は2017年秋から始まった。6人の絵師が渾身の力で描き、作品が完成すると、一人また一人と真珠庵を去っていく。増していく静寂を埋めるがごとく、夏の暑さがじりじりとやってきた。
北見さんの「楽園」が方丈の中央の間を彩り、東側の山賀さん、西側の上国料さんは、それぞれ「現世」と「浄土」をテーマに据えている。3つ並んだ部屋が、死生観を問うような壮大な絵巻物語に仕上がったのも何かの偶然だろうか。上国料さんは「一休さんが仕組んだとしか思えない」と、感慨深げだった。
重要文化財の襖絵の修復の一助とするため、真珠庵ではクラウドファンディングも実施している。そもそも寺がクラウドファンディングすること自体型破りだが、資金支援してくれた人に対するリターン(お礼)も、一休さんのお寺らしく「なんでもあり」だ。10万円の支援をすると、6人の絵師から1人を指名して、真珠庵で食事会をする権利が得られる。プロ級の腕前を持つ住職の手料理を食べながら、制作の裏話を聞くことができるのだ。小遣いからなんとか捻出できそうな1万円までの支援でも、オリジナルの朱印帳や一般公開前の特別拝観権など個性あるリターンが用意されている。
新たに制作された襖絵は、同時代を生きる私たちの目を楽しませるだけでなく、これから何世紀にも渡って残り、いずれ古典作品となっていくだろう。蛇足や等伯の絵が、彼らが生きた時代の空気や思想、文化を今に伝えるように、後世の人々に21世紀という時代を伝える役割を果たすはずだ。
これを読んでいる読者の皆さんにも、壮大な歴史事業の一端を担うつもりで、一般公開に足を運んでいただきたい。筆者は現代の絵師のエネルギーが充満する方丈の庭先を竹ぼうきで掃き清めながら、皆さまのお越しをお待ちしています。
大徳寺真珠庵 特別公開
- 住所:京都府京都市北区紫野大徳寺町52
- 拝観期間:2018年9月1日~12月16日 ※10月19日~21日は休止日
- 拝観時間:午前9時30分~午後4時(受付終了)
- 拝観料:大人1200円、中高生600円、小学生以下無料(保護者同伴) ※未就学児は書院「通僊院」と茶室「庭玉軒」の見学は不可
- アクセス:「京都駅」から地下鉄烏丸線に乗り、「北大路」で下車。「北大路バスターミナル」から市バス1・101・102・204・205・206系統で「大徳寺前」下車し、徒歩約7分。(所要時間:約35分)
- 「大徳寺真珠庵 特別公開」公式ホームページ
- 京都真珠庵クラウドファンディング
写真=黒岩 正和、真珠庵、ニッポンドットコム編集部
(バナー写真:北見さんの襖絵の前に座る山田住職)