『王子稲荷乃社』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第29回
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筑波山は望めなくなっても、初午のにぎわいは同じ
目録の18番目に記されている春の景で、第26回の『王子装束ゑの木大晦日の狐火』でも紹介した王子稲荷神社が舞台である。描かれている風景は、初午の日のにぎわいといわれている。
初午とは1月ではなく、2月最初の午の日のこと。稲荷社の祭神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が京都伏見の稲荷山に降り立ったのが、711(和同4)年2月11日の午の日だったことに由来するそうだ。初午には伏見稲荷大社をはじめ全国の稲荷社で祭礼が行われ、古くから関東稲荷総司とされた王子稲荷神社にも江戸市中から多くの参詣者が訪れたという。
広重は初午の祭りでにぎわう様子を、本殿正面ではなく、筑波山が望める後方から描いている。かつては江戸の多くの場所から筑波山を望むことができ、特に江戸の北に位置する王子あたりからの眺めは格別だったそうだ。
数万人が訪れる初午の日には撮影が難しいので、同時期の祭礼がない日に撮影して作品とした。今では近隣のビルに阻まれて筑波山はまったく見えない。しかし、本殿は檜皮(ひわだ)ぶきから瓦ぶきに変わっているものの、往時の雰囲気を残していて感慨深い。
●関連情報
初午と凧市
稲荷神社では毎月午の日が縁日とされ、特に2月は全国の稲荷神社で祭礼が行われる。2019年は2月2日が初午となり、14日が「二の午」で、26日の「三の午」まである。
王子稲荷神社では2月の午の日に、社務所で「火防の凧(ひぶせのたこ)」というお守りを授与している。それに合わせて、江戸時代から続く「凧市」が催され、参道から境内まで露店が並ぶ。何度も大火に見舞われた江戸の人々にとって、火防は最も関心の高い防災だったのだろう。小さな火の手でも風によっては大火になることから、「風を切って舞い上がる凧」は火防の縁起物と考えられた。さらに拡大解釈され、「無病息災」「商売繁盛」にもご利益があるとされたようだ。
現在でも、露店での飲食を楽しみつつ火防の凧を手に入れようと、初午の日をメインに約5万人の参詣客が凧市に訪れている。
浮世写真家 喜千也「名所江戸百景」——広重目線で眺めた東京の今
「名所江戸百景」は、ゴッホやモネなどに影響を与たことで知られる浮世絵師・歌川広重(うたがわ・ひろしげ)の傑作シリーズ。 安政3年(1856年)から5年にかけて、最晩年の広重が四季折々の江戸の風景を描いた。大胆な構図、高所からの見下ろしたような鳥瞰(ちょうかん)、鮮やかな色彩などを用いて生み出された独創的な絵は、世界的に高い評価を得ている。その名所の数々を、浮世絵と同じ場所、同じ季節、同じアングルで、現代の東京として切り取ろうと試みているのが、浮世写真家を名乗る喜千也氏。この連載では、彼のアート作品と古地図の知識、江戸雑学によって、東京と江戸の名所を巡って行く。
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