『上野清水堂不忍ノ池』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第4回

桜の季節には花見客であふれる上野公園。西郷隆盛像近くに建つ清水観音堂では、桜の薄紅色と舞台の朱色、松の緑が美しいコントラストを描く。

「月の松」の復元で撮影が実現した桜の名所

寛永寺の清水観音堂は、彰義隊らの旧幕府軍と薩長を中心とする新政府軍が衝突した幕末の上野戦争でも焼け残った建物。現在は、重要文化財に指定されている。その舞台前に植えられているのが、枝が曲がって円を描く「月の松」。明治初期の台風被害で一度失われたが、2012年に復活を遂げた。

広重の絵は、桜に囲まれた清水堂と月の松を俯瞰(ふかん)した構図になっている。背景には不忍池が描かれ、奥行き感のある素晴らしい1枚だ。

この写真は、人を入れないで撮ることに苦労した。桜の時期の上野公園は見物客でごった返すため、最初に撮影した時は、月の松が人垣で隠れてしまった。再挑戦時には朝7時の開門と同時に入場し、約3分で撮り終えるという早業によって何とか形にした。

復活した月の松は、植えられた場所や大きさなどが江戸時代のものとは違う。そのため、全く同じ構図にはならなかった。それでも、桜と清水堂の舞台、月の松をフレームにおさめたことで雰囲気は出せたと思う。本当は不忍池も入れ込みたかったが、周りの木が育ちすぎていて撮影場所からは望むことができなかった。

●スポット情報

寛永寺 清水観音堂

寛永寺は徳川幕府の菩提(ぼだい)寺として、1625年に天台宗の天海によって創建された。江戸城の鬼門(東北の方角)にあたる上野の山全体を敷地とする大寺院だったため、京都の寺院にならった堂舎などが数多く建てられていた。清水観音堂は京都の清水寺に見立て、長い柱と貫(ぬき)で舞台を支える懸造(かけづくり)が特徴的なお堂。31年の建立で、94年に現在地に移築された。

  • 住所:東京都台東区上野公園1-29
  • アクセス:JR山手線、京浜東北線、東京メトロ銀座線「上野」より徒歩4分、京成本線「京成上野」より徒歩4分

浮世写真家 喜千也「名所江戸百景」――広重目線で眺めた東京の今
「名所江戸百景」は、ゴッホやモネなどに影響を与たことで知られる浮世絵師・歌川広重(うたがわ・ひろしげ)の傑作シリーズ。 安政3年(1856年)から5年にかけて、最晩年の広重が四季折々の江戸の風景を描いた。大胆な構図、高所からの見下ろしたような鳥瞰(ちょうかん)、鮮やかな色彩などを用いて生み出された独創的な絵は、世界的に高い評価を得ている。その名所の数々を、浮世絵と同じ場所、同じ季節、同じアングルで、現代の東京として切り取ろうと試みているのが、浮世写真家を名乗る喜千也氏。この連載では、彼のアート作品と古地図の知識、江戸雑学によって、東京と江戸の名所を巡って行く。

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