
石見銀山「他郷阿部家」の朝ごはん
Guideto Japan
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<献立>
- 梅干し2種
- 旬野菜のお浸し
- 笹ガレイ
- 温玉子
- 自家製ちりめん山椒
- 柚子入り金山寺味噌
- うどん豆腐のおつゆ
- 出雲神結米の白粥
- 重湯
- 漬物3種
- 果物
出雲大社や空港がある出雲市から車で西へ。山陰の穏やかな光がどんどんと陰影を増し、田畑の眺めが山里に変わった先に、世界遺産として知られる島根県大田市大森町、通称「石見銀山」のまちがそっと姿を現す。
そんな山間のまちに、宿のような、懐かしい故郷の家のような、不思議な味わいの場所がある。玄関の土間に降り立つ客を迎える言葉は「いらっしゃいませ」ではなく、「おかえりなさい」。奥の台所をのぞくと、ああ、母が、祖母がここで待っていてくれたんだ……という錯覚に陥ってしまう。
この家は、江戸時代に銀山付き役人として、甲斐国(現在の山梨県)から赴任した阿部清兵衛の屋敷跡。築230年ほどの家は、質素なたたずまいながら、迎えの間の襖(ふすま)を開けると、奥に畳の間が出現し、その襖を開けるとまた畳部屋が現れ、と、随所に武家屋敷のすごみを宿す。
玄関脇の迎えの間では、四季折々の草花が活けられて。春は根付きの菜の花がすっくりと
1975年に島根県から史跡の指定を受けた建物は、それでも過疎が進むまちの中で、長い間、空き家になっていた。その家を買い取り、10年の月日をかけて、人を迎え入れる空間に丹精していったのは、このまちでアパレル事業を営む松場登美だ。
登美は三重県に生まれ育ち、名古屋暮らしを経て、81年に夫の故郷である大森町に移り住んだ。以来、江戸時代の町並みがそのまま残るこの地を舞台に、「復古創新=古きを活かし、新しきを創り出す」日々を実践してきた。
阿部家の改修で念願としたのは、台所に「おくどさん(かまど)」を再現すること。かまどに火をくべ、ごはんを炊き、縁あってここに集った人たちと食卓をともにする。夜は炊きたてごはんの塩むすび、朝は真っ白なお粥。パチパチと火がはぜる音を聞くと、ほろほろと心がほどけ、初対面同士でも話が弾んでいく。
「他郷」とは異郷にありながら、自分の故郷のように温かく迎え入れてくれる場所、という意味を持つ。ある朝の献立は次のようだった。
〇梅干し2種
「5年熟成」と「落ちない大吉の梅干し」。
〇旬野菜のお浸し
菜の花と青梗菜(ちんげんさい)とほうれん草としめじ。
〇笹ガレイ
日本海側はカレイ、ノドグロ、バトウダイ、鯵などが多く獲れる。一夜干しにした笹ガレイが、上品で濃い味わい。
〇温玉子
地元の平飼い鶏の玉子を使用。
〇自家製ちりめん山椒
奥出雲産の早摘み実山椒は香りよく、その香りが口一杯に広がる。
〇柚子入り金山寺味噌
金山寺味噌は柚子皮をしのばせることによって、甘味の中に爽やかさを加える。
〇うどん豆腐のおつゆ
石見銀山の辺りでは普段から、木綿豆腐を水切りして、うどんのように細長く切った「うどん豆腐」を、つゆ仕立てで食す。江戸時代から伝えられている食べ方で、豆腐の食感を楽しむものという。
〇白粥
出雲市の結(むすび)地区は、水がきれいで豊かな土地として出雲風土記にも登場する土地。その地区で収穫される「出雲神結米」は、収量は少ないながら、東のコシヒカリと呼ばれるほど、おいしさに定評がある。真っ白なお粥に、神話の地である島根・出雲の神聖なイメージが重なる。
〇重湯
白粥を炊いている最中、鍋のフタにふつふつと上がってくる重湯は、栄養価、風味ともに満点。
〇漬物3種
葉わさびのしょうゆ漬、きゅうりのしょうゆ漬(どちらも自家製)、そして地元のおばあちゃんが作る麹漬の沢庵。
〇果物
大田市産の苺「かおり」。
〇こおか茶
地元で飲まれているカワラケツメイを使った野草茶。
(文中敬称略)
取材・文:清野由美 撮影:楠本涼 シリーズ題字:金澤翔子(書家)
<情報>
暮らす宿 他郷阿部家
〒694-0305 島根県大田市大森町ハ159-1
電話 0854-89-0022
ウェブサイト https://kurasuyado.jp/takyo-abeke/