アブダビ石油採掘権獲得、際立つドバイへの日系企業進出
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アブダビ陸上油田群の権益確保、“経済外交の勝利”
MENA地域は日本にとり、石油確保という外交戦略上きわめて重要な地域である。国際石油開発帝石株式会社(INPEX)は2015年4月、アラブ首長国連邦(UAE)政府およびアブダビ国営石油会社(ADNOC)との間で、アブダビの陸上油田群の権益5%、日量約8万~9万バレルの原油を40年間調達する権利の譲渡契約を締結した。
日本が戦後自主開発してきた油田の約4割が、アブダビ海上油田で占められている。しかし、その権益の60%が2018年に期限切れとなる矢先だっただけに、今回の契約は非常に大きな「経済外交の勝利」だった。背景には安倍晋三首相の強い経済外交リーダーシップがあり、2回にわたるUAE訪問(2007、13年)、これに対するムハンマドUAE皇太子の訪日(14年)という相互訪問外交が奏功した。
日本の対UAE原油輸入は日量84万バレル(14年実績)。原油輸入の約24%を占め、サウジアラビアに次いで2位となっている。UAE自体は世界6位の原油生産国。中でもアブダビ陸上油田群は生産量が日量160万バレル、17年には180万バレルまでの増産を見込む世界屈指の巨大油田群だ。こうした大規模な陸上油田群の開発・生産に日本企業が参画するのは初めてであり、アジアの企業としてもINPEXが初めて。
契約したのは同油田群のADCO鉱区で、同鉱区は陸上の11の生産油田と4つの未開発油田から構成されている。入札には国際石油メジャーのほか、中国のCNPC、韓国石油公社など10社が応札していた。
危険なホルムズ海峡回避というメリット
この契約がなぜ重要なのか。アブダビの日本大使館は、「アラブ穏健派で、外交的に現実路線をとるUAEが、自国の将来を長期的な視点から展望し日本を選択した。UAE、日本両国にとって戦略をかけた選択だった」と強調した。
さらに言えば、①アブダビ原油は、有事で最も危険度の高いホルムズ海峡を通過せずに輸送することが可能となる②陸上油田の調達コストは安い——ことが挙げられる。しかも今回の新規獲得は2009年以来の本格的な石油権益獲得。日本の自主開発原油量が約15%に引き上がることになり、石油の安定供給確保に大きく貢献することになる。
MENA市場規模、ASEANの1.7倍、タイ経済の10倍
中東・アフリカ地域(MENA)は、湾岸諸国6か国、レバント地域(レバノン、イスラエルなど)5か国、北アフリカ7か国、その他(イラン、トルコなど)4か国の22か国を総称したものだ。総人口5億3000万人、名目GDPは4兆612億ドル(2015年見込み)で、経済規模ではタイ1国の10倍以上に相当する。実質の経済成長率は全体で4.4%とすこぶる堅調だ。
特に、同地域の潜在力を示すのが人口の急増。2050年までに現在より約2倍(97%)の増加が見込まれ、同期間のインド(55%)、ASEAN地域(38.5%)を大きく上回る。しかも20歳未満が4割を占め、就労人口のピークは2030年ごろ。その前後の長期にわたり、消費拡大が見込まれる。
(注=MENAの標準的な定義はない。諸機関がそれぞれ異なる領域を設定している。JETROの分類では22か国としている)
日本企業の進出数は、ASEAN地域の10分の1だが、それでも810社(2013年外務省統計)に上る。最多はUAEで、以下トルコ、サウジアラビア、エジプト、カタールの順。市場規模で見るとMENAは、ASEANの1.7倍、インドの2倍に相当する。経済的潜在力は予想以上に大きい。
独り勝ちのUAE、「ヒト・モノ・カネ」が流入
MENA市場の成長をけん引するのが、アラブ首長国連邦(UAE)だ。2011年初から吹き荒れた民主化運動“アラブの春”の中でも安定ぶりが際立ち、「Safe Haven(安全な停泊地)」として中東近隣諸国からヒト・モノ・カネが流入した。
UAEは7つの首長国からなる連邦制国家だが、首都アブダビと商都ドバイが中心。アブダビが石油・天然ガスを一手に握っているのに対し、資源に乏しいドバイはアブダビに依存する“一本足国家”と言われた。しかし、ドバイは今や「中東の奇跡」と称され、2009年11月の建設・不動産バブル崩壊による“ドバイ・ショック”を克服し、周辺国の混乱とは裏腹に経済は絶好調の様相を呈している。
ドバイの経済的躍進は運輸、貿易、観光の「3T」が推進力だ。運輸では、ドバイ国際空港が2013年に国際旅客数7048万人を記録し、英ヒースロー空港を抜いて世界1位に躍り出た。第2の「アール・マクトゥーム国際空港」の整備も進んでおり、最終的には滑走路5本、年間1億6000万人の旅客と1200万トンの貨物を取り扱う「世界最大の空港」を目指している。
貿易は石油・天然ガス輸出に加え、安い電力によるアルミ精錬などの輸出が伸びている。観光は、まさに摩天楼が林立するドバイ市内の光景が象徴するように絶好調だ。2020年万博博覧会のドバイ開催が決定、来場者2700万人を見込む。ホテル客数も8万室から14~16万室へほぼ倍増する計画だ。さらに12年以降、世界最大の商業モールを持つ「ムハマンド・ビン・ラーシド(MBR)シティ」など大型プロジェクトが相次いで発表されている。
日系企業の進出を後押しする経済特区
日系企業の進出も著しく、14年にUAE全体で431社(JETRO調べ)、ドバイだけで323社に上っている。進出を助長しているのはフリーゾーン(経済特区)と不動産価格の大幅な下落だ。経済特区では100%の法人設立、法人税・関税の非課税、UAE国民雇用義務・外国送金の規制なしなどの優遇措置が講じられている。不動産価格はバブル期の3分の1まで下落し、投資環境を大きく改善した。
UAEのフリーゾーンは約35か所で、そのうち25か所がドバイに集中する。1985年にできたUAE最初のフリーソーンである「ジュベル・アリ」(Jafza)には日系企業が約120社、ドバイ空港フリーソーン(Dafza)には約65社、ドバイ国際金融センター(DIFC)には日本のメガバンク3行など10社が進出。一方、二酸化炭素排出ゼロを目指すというアブダビの「マスダル・シティー」には三菱重工業が進出している。
油断禁物の“治安”と厳しい“外資規制”
しかし、問題がないわけではない。経済特区以外では外資規制が厳しく、「49%以上の資本」は持てない。また、「法人、個人の所得税や社会保障負担はないが、観光促進手数料など実質的な税金がある」(JETROドバイ事務所)という。
治安についても、「MENA地域で最も安全」と手放しで言えるわけではない。在UAE日本大使館によると、①2001年の同時多発テロ「9・11」の実行犯にはUAE国籍の2人が含まれていた、②イスラム過激派「IS」に、UAE人が戦闘員として参加している、③14年12月に「IS」に感化された犯人がテロ事件を起こした——など、UAEだけを中東地域の「例外扱いするのはどうか」と注意を呼び掛けている。
文・原野城治(ニッポンドットコム代表理事)
バナー写真:国際石油開発帝石(INPEX)が権益を取得したアブダビ陸上油田群のADCO鉱区(同社提供)