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嘘——朝日新聞「従軍慰安婦」報道の軌跡

政治・外交 社会

朝日新聞は2014年8月5日、これまでの「従軍慰安婦」関連報道の検証を公表。32年前の吉田清治証言をはじめ、多くの事実関係の誤りを認めた。しかし、そこで浮き彫りになったのは、「従軍慰安婦」の実態ではなく、日本と韓国という特殊な戦後を歩んだ両国の相関する歪んだ言論空間だった。

日本の事情——生き延びた“戦争協力”の全国紙

一方、日本の一部にも韓国が第二次世界大戦の戦争被害者であるかのように擬そうという心理的傾向があった。その一部とはメディアであった。しかも、ここでもドイツとの対比がわかりやすい説明となる。

第二次世界大戦で連合国に降伏した日本とドイツは、降伏条件に従い、戦犯裁判によって責任者が裁かれ、旧体制が解体された。この際、ドイツはナチスとナチズムが、日本は軍と軍国主義が元凶とされ排除された。日本の軍の解体と関係者の排除は、ドイツより徹底したものだった。しかし、それは軍だけ。この間の事情の検証は本論の趣旨とは離れるので紙数の関係もあり触れないでおくが、結果だけ見れば、軍以外の指導層は財閥が解体された以外は、政治家も、官僚組織も、大学も、実質的にほとんど温存された。

特に目立ったのがメディアである。ドイツではナチス・プロパガンダ政策否定の過程で協力者が徹底して解体・追放された。新聞もまた「Stunde Null(零時)」を免れなかったのである。この点、日本はドイツと著しい差がある。

戦前からいまだに「3大新聞」と呼ばれる、朝日、毎日、読売の3紙は、1931年の満州事変以降、日本の中国大陸侵略時に軍部の代弁者であるかのように戦意高揚を行い、爆発的に部数を伸ばした。1945年当時、朝日、毎日は約350万部、後発の読売も約150万部に達し、いずれもこの段階で全国紙の地位を確立している。朝日新聞の緒方竹虎主筆や読売新聞の正力松太郎社長は、戦後、GHQによって戦犯容疑をかけられ公職追放となったが、ほどなくそれも解除された。メディアでは同盟通信が、時事通信、共同通信、電通の3社に解体された以外は、社名題字までもそのまま残ったのである。

歴史問題などで主導権を失った政府・政界

戦時中、総動員体制下の宣伝機関として築き上げた国民世論への影響力は、戦後、減ずるどころか、ますます強まった。政府など公的機関が記者クラブ制度などでメディアに情報を優先的に流し、囲い込みを行ったという事情もある。つまり戦後における総動員体制の継続である。

軍による統制がなくなったうえに影響力は増し、全国紙など大メディアの権勢は絶大なものとなった。一国内でどのくらいの存在であるかは、下のグラフを参照いただきたい。読売、朝日は日本のみならず世界の新聞部数の1位、2位である。中国、インドといった国は日本の約10倍の人口があり、日本語圏が、ほぼ日本国内に限られることを考えると驚異的なシェアであるといえる。冷戦崩壊直前に、ソ連の「プラウダ」が約1500万部、中国の「人民日報」が約1000万部であったと言われていることから考えても、日本の巨大新聞の国内での存在がいかに飛び抜けたものであるかわかるであろう。

しかも敗戦によって、政府が歴史問題など価値観に関する権威を失い、代わりにジャーナリズムやアカデミズムに主導される世論が主導権を握るという構造になった。歴史・戦争責任にかかわる問題は、政府や政治権力に対しメディアが圧倒的な優位に立てる題材になったのである。自らも戦争責任問題を引きずっていることからも、メディアは「正義の味方」である必要があった。かくて隣国との歴史問題は、日本の新聞にとって好餌(こうじ)となったのである。

出口はあるか——遅すぎた朝日の検証

今回、朝日新聞が過去の報道を検証し、誤りを認めたことは、メディアとして正しい行動であったと思う。しかし、いかにも遅すぎた。最初の吉田証言の報道から32年、政府が行動を余儀なくされ、しかも証言の信用性が失われた92年から22年。この間に、「強制による従軍慰安婦」の問題は、韓国世論の中にビルトインされた。しかも、日本の戦争責任問題の中の代表的な案件として国際社会でも認知されてしまったのである。

国際社会から見れば、日本の「従軍慰安婦」問題全体の中で、韓国との論争点などは、実はごく一部の些末な問題なのである。「従軍慰安婦」問題全体、さらには戦争責任問題全体への日本の態度こそが重要なのである。しかし、たとえ些末な「誤り」であろうと、それを日本が自分から修正しようとすると、外から見れば「歴史修正」を行っていると判断される。相手国が政治的意図をもってこの問題を使おうとしているとわかっていてもである。この点において日本はまだ被告人席に立っているのである。しかも日本国内には、一部の過誤から逆算して、ほかの過去の戦争責任全体までも否定しようという隠然たる圧力が存在する。このことが、さらに日本の行動を制約している。

一方、韓国は、近年、中国に急速に接近していく過程で、相変わらず「李承晩のフィクション」をアピールしている。しかも中国がこれに応え始めているのである。日本ではまだその深刻さが十分理解されていないようだが、中国が行っている光復軍の顕彰や抗日戦での共闘を認める発言は、韓国に対して外交的に重要な意味をもっている。中国はそもそも北朝鮮に正統性を付与していた存在だったのである。北朝鮮の崩壊と統一の可能性が現実味を増すにつれ、統一の主体としての「李承晩のフィクション」を内外に認めさせようという韓国のモメンタムは高まっていくと考えられる。

過去の報道が取り消されても、事態が白紙に戻ることは考えられない。それゆえ、この日韓両国で展開された一連のフィクションは、起点となった吉田清治の「嘘」そのものとは比べものにならないほど深刻で、罪深いものになったのである。

(編集部・間宮 淳)

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