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嘘——朝日新聞「従軍慰安婦」報道の軌跡

政治・外交 社会

朝日新聞は2014年8月5日、これまでの「従軍慰安婦」関連報道の検証を公表。32年前の吉田清治証言をはじめ、多くの事実関係の誤りを認めた。しかし、そこで浮き彫りになったのは、「従軍慰安婦」の実態ではなく、日本と韓国という特殊な戦後を歩んだ両国の相関する歪んだ言論空間だった。

日韓が入り込んだ袋小路

しかし、メディアがだんまりを決め込んでいる間に事態はさらに加速した。1996年には、国連人権委員会に吉田証言を証拠として採択したクワラスワミ報告書が提出される。さらに、アジア全域の元慰安婦への償いのために政府主導で設立した「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」の「償い」を受けた韓国の元慰安婦7人が国内で非難を受け、のちに政府からの生活支援を切られる羽目になる。「河野談話」の認識ではなく、韓国の「従軍慰安婦」も戦地での強制として扱わなければ受け入れないという態度が今もなお韓国を支配している。

この姿勢は、アメリカの韓国系住民を通じてアメリカ国内でキャンペーンされ、2007年の下院対日非難決議につながる。当時、第一次政権時の安倍晋三首相が「広義の強制はあったが、狭義の強制はなかった」、つまり韓国では人身売買による従軍慰安婦は存在したが、戦地での強制と同じレベルの強制はなかった、と釈明したが、アメリカの政府にも社会にも、「歴史修正主義者」のレッテルを張られる始末だった。日本政府としても、「河野談話」以上の対応、つまり吉田清治の「嘘」を事実として認定することはありえない。したがって日韓関係は展望の利かない袋小路に入り込んでしまった。

韓国の事情——「対日戦勝国」の認知を求めた李承晩

韓国では、「従軍慰安婦」問題への被害者意識が最初からあったとはいいがたい。本当に戦時中に犯罪性の高い行為があったのなら、BC級戦犯裁判で取り上げたオランダのように、終戦直後から問題が提起されていたであろう。現実には、「強制された従軍慰安婦」が取りざたされたのは1980年代に入ってからであり、それも日本側の証言や報道が先行する形であった。

しかし、いったん「強制された従軍慰安婦」という設定が提示されると、これが浸透するのは早かった。韓国にはその事実は存在しなかったものの、その設定を受け入れる理由が十分あったからだ。

いうまでもなく韓国は、第二次世界大戦の終結によって、旧日本領朝鮮が分断されて生まれた国家である。南北両国とも大日本帝国が消滅したおかげで成立したのであって、決して自力で独立を勝ち取ったわけではない。しかし、相互に排他的な存在で朝鮮戦争が発生した。その後、激しい国家アイデンティティのぶつかり合いを続けるのである。

この争いは正直にいって北の方に分があった。北朝鮮は、日韓合併後、旧満州吉林省延辺地区を中心とし、中国共産党の支援を受けた抗日パルチザン組織が中核になり、「独立運動の正統」を名乗っていた。一方、韓国は、戦前、中華民国国民党政府と行動を共にしていた大韓民国臨時政府をその前身としており、李承晩・初代大統領もその首班だった。臨時政府は日中戦争中、「光復軍」という軍事組織を作ったが実際には機能せず、抗日戦の実態はなかった。そして臨時政府も国際的な承認を受けることはなかったのである。その上、後ろ盾であった中国国民党政府は、北朝鮮の後ろ盾である共産党政権との内戦に敗れ、1949年に大陸から台湾に撤退してしまう。

しかし、韓国の李承晩政権は半島統一を巡る朝鮮戦争の中で、北朝鮮に対抗しうる「抗日の歴史」を主張し続けた。その結果、1951年9月に行われた連合国、国際社会と日本の講和会議であるサンフランシスコ平和会議への出席と署名を求めるのである。つまり国際社会に韓国を対日戦勝国として認めろ、と主張したのである。当然、連合国側によって峻絶されたが、韓国は李承晩ラインの主張など、その後も朴正煕政権成立まで、内外に「対日戦勝国」として振る舞い続ける。

無理があるドイツとの比較

この「李承晩のフィクション」という亡霊は、今に至るまで生きている。韓国の政治家、各種団体、メディアの対日批判を見ると、必ずと言っていいほどドイツとの比較が出てくる。特に竹島問題では、ドイツが1990年の再統一に際し、ポーランドと国境問題と難民の請求権放棄問題を最終決定した条約を持ち出し、日本もまたこれを見習えという主張が繰り返される。

しかし、韓国とポーランドを重ね合わせるには無理がある。ポーランドは、紛うことなき対独交戦国だからである。しかもナチスの犯罪被害、戦争犯罪被害の当事者なのである。繰り返しになるが、韓国は第二次世界大戦において日本の交戦国ではない。当時の朝鮮半島の住民が納得していたか否かに関係なく「日本」だったのである。だから、韓国には自らを対日交戦国に擬するだけの動機もしくは心理的な素地があった。「強制された従軍慰安婦」問題は、ヨーロッパのドイツやソ連の占領地と同じイメージを自らに付与する格好の材料だったのである。

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