日本の刑事司法を問う

「裁判員裁判」「取り調べの可視化」「司法取引」の評価は?

社会

21世紀に入ると、日本の刑事司法は新たな局面を迎えた。2009年に導入され、刑事裁判の様相を一変させた「裁判員裁判」。19年6月までに義務化される「取り調べの可視化」。さらに今年6月から始まった「司法取引」。これらをどう評価すべきなのか。前回に続き、一橋大学名誉教授の村井敏邦氏と白鴎大学教授の村岡啓一氏に話を聞いた。

「取り調べの可視化」は危険性を持ったシステム

——2019年6月までに裁判員裁判の事件などを対象に取り調べ全過程の録音・録画が義務付けられます。自白強要などの違法な取り調べを防止するというメリットばかりが強調されているように見えます。警察は一部の事件で10年ほど前から実施していましたが、これまでの経緯などを踏まえてどう評価していますか。

村岡  供述証拠に過度に依存しないためにいろいろな捜査手法を入れるということと、本人が自ら進んで任意に供述したかどうかを明らかにする目的から、取り調べの可視化は導入されました。確かに、密室での取調官などによる不当な強制力を排除するという意味での効果はあると思います。

しかし、この制度は当初は供述の任意性を明らかにするためのものであったはずが、今では行き過ぎてしまい、実際の有罪、無罪を判定するための証拠になってしまっています。つまり、取り調べを可視化しているビデオ録画によって、裁判員や裁判官の心証が決定されてしまう。私はその危険性を感じていたので、やっぱりそうなってきたなと思っています。

村岡啓一・白鴎大学教授

村井  弁護人の立ち会いのもとで、録音・録画するのでなければいけません。それらをどう利用するかも含めてチェックしないと実質証拠化してしまいます。いくら任意性の証拠だと言われて法廷に出されても、裁判員たちの心証に任意性以外の証拠として影響する可能性もあるのです。村岡さんが言うように、危険性を持っているシステムなのです。

村岡  当初、検察庁や警察はこの制度に反対していたのですが、実質証拠として使えると分かってからは、強力に推進している。対する弁護士は今まで可視化の必要性ばかり訴えてきたが、それが実質証拠化してきたものだから、「立会人が必要だ」という主張に変わってきました。

冤罪を阻止するシステムがない日本版司法取引

——2016年に成立した刑事司法改革関連法で、取り調べの可視化とともに導入が決まっていた司法取引制度が、6月からスタートしました。この制度は刑事事件の被疑者、被告人に他人の犯罪を明らかにしてもらう見返りに、検察官が起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりするもので、要は捜査協力型の司法取引制度と言えます。組織犯罪の解明が期待される一方で、うその供述による冤罪(えんざい)につながることも懸念されています。

村岡  背後の巨悪を捕らえるためには強力な捜査手法が必要であり、その一つが司法取引である、という考え方がありました。ですが、司法取引制度を導入するのであれば、冤罪の可能性を阻止できるだけのシステムが必要です。大きな問題は日本の司法取引にはそのシステムがないということなのです。

村井  最高裁は過去に刑事免責制度について、日本の法律的風土には合わないという意見を出して憲法違反としました。検察官も日本は司法取引をしてないから、司法制度が公正だと言っていたこともありました。でも、今回のような捜査協力型の司法取引だったらいいのか、というのは非常に疑問が残ります。

村井敏邦・一橋大学名誉教授

弁護人は司法取引に加担すべきではない

村岡  米国の司法取引は証拠をすべて開示したうえで、裁判所も加わります。これが冤罪を阻止する担保措置になっているのです。ところが日本では、司法取引を行うのは検察官と被疑者、被告人です。それでは冤罪を生みかねないので、そこに弁護人を加え、チェックさせるという。

しかし、弁護人の立場からすると、自分の依頼者である被疑者、被告人に忠実に従うならば、司法取引に応じるしかない。検察官がターゲットとする第三者の有罪証拠を提供することになり、結果的には検察官のサポート役を押し付けられることになる。

制度論として、本来は対立関係にあるべき弁護人を捜査機関の側に引き込むべきではない。しかも日本では事前の証拠開示もないし、裁判所も関与しない。そういう状況で、弁護人は司法取引に加担するべきではないというのが私の結論です。

村井  私もその意見に全面的に賛成です。ターゲットになる人から見れば、取引する弁護人は自分の弁護人ではないわけですから、知らないところで取引がされて不利な形になってしまう。もしターゲットの弁護人が加わって取引ができるかというと、それはあり得ない。そもそもが不公正なものを是認するシステムで、非常におかしな考え方としか言いようがありません。

一括採決された取り調べの可視化と司法取引

村岡  2016年に成立した刑事司法改革関連法は、もともとは厚生労働省の局長だった村木厚子さんの冤罪事件で大阪地検によるフロッピーデータの改ざんが発覚したことがきっかけでした。それで、取り調べの可視化を義務づけることへと大きく動いたのです。それなのに、検察庁はいつの間にか、司法取引も押し込んできました。

村井  新しい捜査手法が導入されるときの過程が問題で、弁護側に良いものを採用するはずだったのに、「あなたたちの言い分を聞いたのだから捜査側に良いものも入れましょう」となり、両方をドッキングした形で提案して、採決する。弁護側は一括案に賛成か反対かと迫られ、自分たちの主張が少しでも通るならばと、渋々ながら賛成せざるを得なくなってしまう。結局、毒も一緒に食らうことになってしまうのです。刑事司法に限りませんが、この一括採決方式がおかしいのです。

村岡  検察庁はずっと司法取引を実現するチャンスを狙っていて、しっかりした論理を準備し、用意周到に根回しもしていた。その執念はすごいと言わざるを得ません。それにしても、なぜあのフロッピー事件が、論理的に司法取引導入と結びつくのか、今でも理解できません。

(次回に続く)

文:POWER NEWS、高橋 ユキ
写真:伊ケ崎 忍

バナー写真:障害者割引郵便制度に絡む偽証明書発行事件で無罪が確定。登庁し、多くの職員に迎えられ笑顔を見せる村木厚子厚生労働省元局長(中央)。この事件では大阪地検特捜部の検事が証拠物件のフロッピーディスクを改ざんしたとして逮捕され、社会に衝撃を与えた=2010年9月22日、東京・霞が関の厚労省(時事)

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