福島、元気です!

「もう一つの福島はいらない」なんてもう言わないで

社会

「核食」という単語を見るたびに、「NO NUKES, No More Fukushima」の悲しいスローガンが思い出される。

台湾がこれほどまでに食品の安全性に敏感なわけ

東日本大震災の後、台湾からの義援金が200億円を超え、世界中のどの国、どの地域よりも日本に寄り添ってくれたことは周知の通りだ。また、台湾から日本への訪問者数も、2016年には417万人に達した。06年には130万人だったから、10年で3倍以上も増えたことになる。さらに日本台湾交流協会が16年に実施したアンケートでは、実に80%もの台湾の人が「日本に親しみを感じる」と回答した。しかし、福島および近隣県で生産された食品の輸入問題となると、話は別だ。度重なる日本側からの要請にも関わらず、世論の反対が根強く、台湾の歴代政権も輸入解禁には踏み切れていない。では、台湾の人々がこの問題に対して、なぜこれほどかたくななのか。

いくつかの背景が考えられるが、その一つに、福島第一原発の事故に台湾社会が大変な危機感を抱いたことが挙げられる。台湾も地震多発地帯にあり、運転中の原発3基はいずれも海岸沿いにある。日本の技術力をもっても防ぎ切れなかった事態に、万一の場合、自分たちの手に負えるのか。反原発の機運は一気に高まり、その矛先は台北郊外に建設中の台湾第四原子力発電所に向けられた。13年3月9日には、台北、台中、高雄、台東の4地区で約22万人が参加する大規模な抗議行動に発展、総統府前の凱達格蘭大道はデモの参加者で埋め尽くされた。翌14年4月には、民進党の重鎮、林義雄氏がハンガーストライキで抗議したのを契機に再びこの勢いは加速し、当時の馬英九総統は、ついに台湾第四原発の工事凍結に追い込まれた。次いで脱原発を公約に当選した蔡英文総統は、17年3月に台湾の脱原発化を25年までに実現する旨を宣言した。

「反核,不要再有下一個福島/NO NUKES, No More Fukushima(反核、もう一つの福島はいらない)」の旗(撮影:野嶋 剛)

実は脱原発を選択した台湾社会は、日本で想像する以上に食品の安全問題に対して敏感なのだ。13年11月に台湾を代表する大手食品メーカーが、廃油を原料とした劣化食用油を販売していた事実が明るみに出ると、食品安全問題は台湾社会を大きく揺るがせた。この問題は、企業モラルの低下やその背景にある長年の景気低迷によるコスト削減の圧力に加え、台湾の公的検査制度の不備、司法制度の公正さに対する疑義など、台湾社会のさまざまな課題をも浮き彫りにした。こうした伏線もあり、15年3月に輸入業者による日本の食品の産地偽装問題が発覚した際には、政府や企業に対し、市民はさらに不信感を募らせた。また、東京電力福島第一原発のメルトダウンも含め、不都合な事実がなかなか明かされなかったことも影を落としている。日本側が発表するデータや数値は本当に信頼できるのだろうか。そのことでも台湾市民は疑心暗鬼となっている。そして、結局のところ、何が事実で何が臆測や風評に過ぎないのか、台湾市民はいまだに確証を持てないでいるのが実情だ。

「核食」について論じる台湾の新聞各紙(撮影:馬場 克樹)

ところで、台湾では昨年9月、ようやく日本からの和牛の輸入が解禁となった。01年にBSE問題が発生して以来、日本からの牛肉の全面禁輸措置が16年間も続いていたのだ。もともとそれほど食の問題には慎重なのだ。このような土地柄で、現在渦中にある地域からの食品の輸入解禁を急げば、市民からの反発を招くことは想像に難くない。日本側や台湾当局が科学的根拠を示し続けていく努力も引き続き大切ではあるが、台湾の人々の心に蓄積された不信感はそれだけでは拭えないだろう。それは、既にこれが理性ではなく感性の問題となってしまったからだ。しかし、解決に向けてのヒントはある。

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