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「世界で一番福島の食に詳しい料理人になりたい」——福島の「食」をぜいたくに体験する「一日一組」のフレンチ

文化

野嶋 剛 【Profile】

ほとんどの食材を地元福島のもので提供する「HAGIフランス料理店」。オーナーシェフの萩春朋氏に福島食材にこだわる訳を聞いた。

東日本大震災以降、「一日一組」の完全予約制を始める

萩さんは、いわき市で生まれ。フランスで料理修行に取り組み、2000年にフンラス料理店を地元で開いた。そこは普通のどこにでもあるフランス料理店だったが、東日本大震災以降、昼でも夜でも1日に最大10人程度のお客しか受けない「一日一組」の完全予約制にした。

お客さんは6割が県内、4割が県外。評判を聞いて東京や大阪、時には海外からやって来る客もいる。震災による修繕などでかさんだ借金も返し、予約を取ることも厳しい。コースは1万円、1万5000円、2万円の3種類。福島のワインや日本酒によるペアリングはプラス6000円となっている。

今では店の代名詞となった「一日一組」を始めたのは、最初は苦肉の策でもあった。

「震災後、電気はなくなったけれど、水道は来ていましたので、お店に住み込んで暮らしていました。3月11日の後、いわきはゴーストタウンみたいになってしまった。4月に店を始めると、それから最初の1カ月は地元の皆さんが食べに来てくれたのです。でも、だんだんとお客さんは来なくなっていきました。でも市内のお店ではラーメンや焼き肉やとんかつはたくさんお客さんが入っている。震災という究極的な経験をしたいわきの人たちは、濃い味を食べて、生きている実感を得ようとしているんだと思いました。私の店には、やがて、お客さんが本当に一日一組ぐらいしか来なかったんです。それで、いろいろ考えて、一日一組にして、従業員には申し訳ないけれど辞めてももらい、人件費を抑え、妻と2人で経営する店をやろうと決めたのです。決意を示すために、名前も元々のフランス風の名前から、自分の名前を付けたのです。自分をぎりぎり逃げられないところに追い込むためにです」

そう語りながら、シェフ自らが妻と一緒に料理をテーブルに自ら届けてくれる。その度に、食材の物語を語ってくれるのだ。何ともぜいたくな時間である。「一日一組だからこそ、可能になる究極のサービスだ。

撮影:野嶋 剛

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野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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