太平洋の親日国家・パラオの真実

パラオという特別な友人に日本人はどう向き合うべきか

政治・外交

野嶋 剛 【Profile】

筆者はパラオで、戦前に日本人だった女性と出会った。彼女を通してパラオと日本の深いつながり、そして歴史を目の当たりにする。

太平洋諸国は日本の大事な支持母体

いま、パラオと日本の距離は、海の安全の重要性への注目もあって、戦後最高レベルに近づいていると言って間違いない。パラオだけではなく、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島を含めたミクロネシア3国の排他的経済水域(EEZ)の広大さを考えれば、彼らとの友好関係の維持は日本のエネルギーや海洋の安全保証に大きく寄与することは疑いようがない。

パラオを含めた太平洋諸国事情に詳しい塩沢英之・笹川平和財団主任研究員は「パラオを含めた南太平洋地域全体で、日本が海洋管理の問題で何かをしようとすると、かつての日本統治の関係で、米豪からは消極的な反応が出てくることが多く、『戦勝国』の壁のようなものがあって、日本は簡単に近づけませんでした。しかし、最近は中国の台頭もあって風向きが変わり、自由主義諸国全体の問題として取り組めるようになり、安全保障面で日本に補完的な協力が期待されるようになりました」と指摘する。

ミクロネシアの地図(笹川平和財団 安全保障グループ提供)

本連載2回目で取り上げた日本財団によるパラオへの巡視艇供与などの取り組みも、パラオにとっては海洋警察力の強化という目的だが、諸外国にとっては太平洋全体の安全確保戦略の枠組みで進んでいるのである。

パラオは、日本外交にとって長く忘れ去られた存在だった。日本がパラオへ目を向けるようになったのはこの10年ほどのことだ。

もともと太平洋諸国の日本大使は複数の国を兼任する例が多く、この地域に2、3人しかいなかった時期もあったが、現在はパラオを含めて8人に達している。パラオの在留邦人はいま370人。大使館を置くことの費用対効果という問題もあるが、山田俊之駐パラオ大使は、パラオや太平洋諸国の外交的重要性について、こう説明する。

「私はかってアジア太平洋電気通信共同体の事務局長に2011年の選挙の時に立候補し、当選しました。韓国人の対抗馬がいて、投票の結果28対8で勝ちましたが、太平洋諸国12カ国のうち11カ国が私に投票してくれました。国際組織で一票は一票。北朝鮮の非難決議でも太平洋の国々は支持してくれます。パラオが日本の提案に同意しなかった例はほとんどないはずです。南西アジアと並び、太平洋諸国は強力な日本の支持母体になっています」

山田俊之・駐パラオ大使

いまパラオは本連載5回目でも取り上げたように、環境保護と経済成長の両立に懸命に取り組んでいる。欧米などの非政府組織(NGO)もパラオには入っているが、最終的な政策決定には、かなりパラオ固有の価値観が反映されている。前出の塩沢氏は「パラオ人は外の知恵を取り入れながら、自らの価値を守ることに長けている」と話す。そんなパラオの姿には学ぶべき先進性を感じさせる。

パラオは日本の過去を映す鏡

日本からパラオは遠い。そして、パラオは小さい。人口2万人、国内総生産(GDP)は3億米ドルに過ぎない国だ。だが、パラオの価値は国の大小では測りきれないことこそ、この連載で伝えようとしたことだった。

日本にとってパラオは単なる「他人」ではなく、パラオの中に、私たちの先達が残していった日本の伝統や文化がいまも息づいており、日本の過去を現在の私たちが見つめることのできる鏡になり得る国である。

日本の安全保障やエネルギー政策における重要性を持ち、太平洋の要になる友好国でもある。生々しい「日本の戦争」の跡も見ることができる。もちろん世界遺産レベルの美しい大自然はパラオの最大の魅力である。

そんな特別な友人であるパラオを日本人が知らない手はない。

(写真はいずれも野嶋剛氏撮影)

バナー写真:コロールのコミュニティーセンターで花札遊びをする、くろみやふゆこさん(右)

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野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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