太平洋の親日国家・パラオの真実

日本がパラオに残したレガシーは?:ウエキ元駐日大使に聞く

社会

野嶋 剛 【Profile】

戦前は日本、戦後は米国の委任統治を受けたパラオ。その両方を知るミノル・ウエキ元駐日大使に話を聞いた。

夢のようだった大使時代

野嶋  パラオでは日本から影響を受けた世代と、米国から影響を受けた世代のギャップは大きい、ということになりますね。

ウエキ  私のような年配の世代やその次の世代は、日本への思いが強いです。本当に日本のことをノスタルジックに思っています。ただ、その下の第三世代になると、日本との関係が薄れてきてますね。

私に言わせれば、パラオの文化に日本の教育は合っています。親を大事にする、年配者を尊重する、労働の勤勉、時間の厳守などの日本的価値観が、パラオの伝統社会の教育に似ているのですね。それがアメリカの影響が強まると失われ、代わりに自由主義が入ってきた。しかし、自由の使い方まではアメリカは教えませんから、パラオ人は最初「人を殴ってもおれの自由だ」と受け止めて社会が混乱し、結局、本当のデモクラシーは作れていません。

野嶋  ご自分のことを日本人かパラオ人かどちらだと思っていますか。

ウエキ  考え方は完全に日本人です。昔はパラオ語もしゃべれなかったのですから。パラオの仲間や友人に「ちゃんと時間を守れ」と文句をいうと「お前は日本人だからそういうんだ」とからかわれます。

2008年から13年までの駐日大使の時間は私の人生で一番楽しく幸福な経験でした。言葉が通じ、親切な人が多く、食べ物も素晴らしく、日本語で会話もできる。日本の政府や政治家にも、小さな島国から来たということで差別されることはなく、一国の大使として尊重してくれました。戦後の2年間は日本で苦労ばかりだったので、なおさら楽しく感じたのかもしれません。

中国とは距離を置くべきだ

野嶋  中国のパラオへの影響が深まっていますが、諸外国とどのように付き合っていくべきだとお考えですか。

ウエキ  パラオは小さな国です。経済発展もほどほどでいい。日本は無償援助で橋を作り、電気も通し、水道も整備してくれました。一方、中国の投資は中国の観光客のためにホテルを建て、海が汚染されてしまい、政府が国際機関から借金をして下水道の整備をしている。おかしなことです。潤っているのは一部の階級の人たちだけで、庶民の暮らしは良くなりません。パラオには(外国人が土地を購入できないので)中国企業に99年という期限で土地を貸している人がいますが、土地を取られたのとほぼ同じです。

観光客でも日本人と中国人は水と油のようなもので、中国人が増えると日本人が急に減ってしまいます。観光のマナーも中国人はいいとは言えず、リーフを踏んで壊し、砂浜にゴミを置いていきます。環境保護を大切にするパラオの伝統的な思想をなかなか理解してもらえません。

私たちがこうしたことを警告しても、パラオには中国と交易したがる勢力がいます。でも、パラオのような小さな国が、中国のような大きな国と対等に取引できるでしょうか?パラオの生き残りにとって大切なのは、われわれの子供たちにとっていいか悪いかです。その意味では中国とは距離を置くべきで、歴史的に親しくしてきたアメリカと日本の協力を得ながらパラオの未来を築けばいいのです。

バナー写真:ミノル・ウエキさん

(写真はいずれも野嶋剛氏撮影)

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野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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