太平洋の親日国家・パラオの真実

ビジネスの中国か、草の根の台湾か:選択迫られるパラオ

政治・外交

野嶋 剛 【Profile】

パラオは、台湾にとって数少ない外交関係を有する重要な友好国だ。この関係を覆そうと、中国が攻勢を強めている。両国のはざまで揺れる小さな島国を現地リポートする。

中国承認は「時間の問題」:親中派

街中には中国人観光客を受け入れる新規ホテルが次々と建ち、中国系の旅行代理店も増えている。中国人が落とすおカネが増大するに従い、パラオではビジネス界、そして、ビジネス界に後押しされた議員の間で、中国との関係強化を仕掛ける動きが活発化している。元駐台湾大使で現在はコロールで不動産業を営むヘンリー・ジャクソン氏は、その親中派の代表格だ。

コロール市内の中国人観光客向けの旅行会社

ヘンリー・ジャクソン氏

その発言には、古い友人の台湾と、新しい友人の中国との間でバランスを取ろうとするレメンゲサウ大統領への不満がにじむ。

「中国との関係をどうするのか、議会だけではなく、幅広い議論が社会の中で巻き起こっています。大統領はことを荒立てたくない(do not want to rock the boat)のでしょう。大統領が公に述べているのは、中国とビジネスをすることは問題ないということだけです」

パラオ政府は台湾との国交を断ち切り、中国と新たに国交を結ぶべきだというのが、ジャクソン氏の明確な主張だ。

「私の個人的な意見では、中国を外交的に承認することは、時間の問題です。パラオの政府はともかく、民衆はもし中国との国交が正式にあれば、中国とのビジネスを加速できることをよく知っています。中国はビジネスに大変に熱心です。そして、彼らはパラオでビジネスをやりたがっている。不動産業者として、多くのパラオ人が一夜にしてお金持ちになっていることを目撃しています。中国人に土地を貸してホテルを作っているからです」

チャーター便半減し流入抑制も

しかし、パラオの現状はジャクソン氏がいうように、中国人歓迎の一色とは言えない。中国人の急激な流入増加によるホテル不足のあおりを受け、他国からの観光客は減少した。中国人の観光マナーに対するパラオ人の不満も目立つようになり、政府が昨年、香港などからパラオに向かうチャーター便を半減する措置を取った結果、2017年の中国人観光客は6万人を切る水準まで減少した。

中国も17年、台湾との外交関係がある国への中国人観光客の渡航を自粛する呼び掛けを行った。しかし、実態としては香港や韓国・仁川経由で来訪する中国人が非常に多くおり、自粛呼び掛けの実効性には疑問符が付く。

パラオは台湾にとって、太平洋外交上、重要な意味を持つパートナーである。陳水扁総統は何度もパラオを訪れ、06年には台湾主催の島サミットもパラオで開催した。その時に採択されたパラオ宣言は「台湾と太平洋の国々の間では、海洋南島文化を共有している」と述べている。パラオの国立博物館も台湾の援助で建てられており、台湾の先住民文化についての詳しい資料が展示されていて驚かされた。

パラオの国立博物館内にある、台湾先住民に関する展示

そんなふうにパラオは台湾にとって「南洋」とのつながりを証明する上で重要な相手である。蔡英文政権が掲げる、脱中国の意味を持つ「新南向政策」の成否にも、太平洋地域諸国との友好関係の維持は深く関わっている。中国が蔡英文政権の任期中にそのパラオを攻め落とせるか、目が離せそうにない。

バナー写真:台湾の援助で建設された首都マルキョクの新政府ビル

(写真はいずれも野嶋剛氏撮影)

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野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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