太平洋の親日国家・パラオの真実

海への脅威に対抗—パラオへ日本支援で新型巡視船が配備

政治・外交

野嶋 剛 【Profile】

パラオ周辺の海域は、日本の安全保障にも密接に関連している。日本財団はパラオに40メートル級の巡視船を供与するなど、ミクロネシア3国の海上保安能力強化を支援している。

シーレーン代替ルートに位置する要衝

南シナ海は、現在、中東からインド洋、マラッカ海洋を経由して日本に輸入される原油の8割が通過するシーレーンだ。このルートが何らかの理由で使えなくなった場合、日本は代替となる2つのルートを想定している。その一つはインドネシアのロンボク海峡からマカッサル海峡を経由し、東シナ海から日本に向かうコースであり、もう一つは、はるかオーストラリアの南側を経由してグアム東側を通って日本に入ってくるものだ。

しかし、オーストラリアの南側の経由になると、あまりにも航行距離が長く、輸送コストが高くなる。日本財団の試算では、現在の日本が必要とする原油の輸入量である1日412万バレルに対して、1日247万バレルまで減少してしまい、企業生産の停滞を招き、代替エネルギーの手当も必要になり、経済に与える打撃は甚大なものになる。

前者の代替ルートであれば、現在のマラッカ海峡経由で南シナ海を通るルートに比べて航行距離に大きな差はなく、多少の価格上昇は伴うものの、原油や液化天然ガスの全量確保が可能となると想定されている。

このルートは、ちょうどパラオのすぐ東側を抜けていくことになる。パラオは日本のエネルギー確保において、南シナ海のシーレーンが潰された場合に備えて、どうしても中国の影響力を遠ざけてておきたいところに位置しているのだ。

海の安全保障で日米豪連携

パラオは、中国が言うところの「第2列島線」の南側の中国寄りに位置している。中国の海洋戦略は、沖縄から台湾に至る「第1列島線」から太平洋に向けて飛び出し、小笠原諸島からマリアナ諸島、グアム、そしてパラオ周辺までの「第2列島線」の間の西太平洋の広大な海域に、自国の影響力を広げていく戦略だと言われている。

尖閣諸島への積極姿勢や沖縄周辺での活発な活動、台湾への威嚇、南シナ海への進出といった一連の行為をつなげてみれば、中国の海洋進出の戦略が浮かび上がってくる。

そうした情勢のなかで、パラオの地政学的な重要性を着目する見方は、世界の海洋安全保障の専門家の間では、広く共有されている。その意味でも、日米豪との密接なパートナーシップを持っているパラオとの協力の深化と海の安全の強化は、日本にとって不可欠な戦略だといえるだろう。

かつて西太平洋は、太平洋戦争の主戦場だった。パラオのペリリュー島で、日本兵と米兵合わせて1万人を超える死者を出す激戦が展開されたことはよく知られている。

戦後、米国はパラオを含めたミクロネシア3ヶ国と「自由連合盟約(通称コンパクト)」を結び、西太平洋の広大な海域の軍事管轄権を委託されている。一方、南太平洋についてはオーストラリアも強い影響力を有している。日本と戦った経験のある米豪のかつてのスタンスは、日本が太平洋の諸国に対して安全保障面で何らかの行動を取ろうとすると、「また何かたくらんでいるのではないか」と警戒的に受け止める向きが強かった。

しかし、近年の中国の海洋進出や北朝鮮情勢の変化に後押しされて日米豪の関係の深化が見られる中、むしろ役割分担して太平洋の海洋安全に日本が寄与することを望む方向に転換しつつある。

グアムから近いパラオに対しては、米国は昨年、北朝鮮のミサイル実験の深刻化を受け、高性能レーダーサイトをパラオ領内に設置する方針を決め、両国は合意に達している。共同声明では「レーダーシステムはパラオ政府にとっては領海やEEZにおける海洋安全の法執行の強化に役立ち、米国にとっては航空の安全などを含めた空中警戒力の強化に役立つものになる」と述べている。

パラオはすでに1人当たりのGDPが1万2000ドルを超え、援助対象国の水準から外れつつある。政府開発援助(ODA)を大きくは出せなくなった分、日本財団が民間の立場でパラオの海洋安全の保全を側面支援する形になっている。

バナー写真:日本財団がパラオ海上警察に供与した中型巡視艇(野嶋写す)

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ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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