ムスリムの現実 in JAPAN〜「IS」が生んだ誤解の中で
(5)ムスリムと結婚して改宗した日本人女性たち
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大手企業勤務の妻「仕事人として現実の中で」(東京)
東京都中野区、JR中野駅からほど近くに2016年末オープンした「ケバブカフェ・エルトゥールル」。ケバブサンドにかじりつきながらトルコ人オーナーのゲルズ・ムハメット・アリさん(42)と話をしていると、仕事を終えた妻の高瀬ゲルズ愉理(ゆり)さん(48)が店に入ってきた。愉理さんは大手住宅メーカーに勤める一級建築士。ムスリム女性特有のヒジャブはかぶらずワンピース姿で、外見だけでは改宗ムスリムとは分からない。
こんなピュアな男性がいるのかと驚いた
3年前、お互いが行きつけだったレストランで顔を合わせるたび、どちらからともなく話しかけるようになって交際を始めた。
「彼、自分がムスリムだとは一言も話さなかったんです。食事のときに勧めても食べない料理があったりして、本人に尋ねて初めて知りました。礼拝も決して人前ではしないんですね。日本にイスラム教の土壌がないことは分かっていて、周囲を驚かせてイスラム教が誤解されるのが怖かったそうです」
豚肉を食べない宗教、という程度のイメージしかなかった愉理さんだが、海外からのイメージのよくないニュースは目にしていた。
ある時、部屋に入ってきた蚊をたたこうとした愉理さんに、アリさんは驚いた。「どうして殺すの?」。追い払う行為はしても、殺しはしない。ハエも捕まえて外に逃がすのだという。「教えに対して本当に純粋で真面目。こんなにピュアな男性がいるのかと驚くと同時に、イスラム教徒について報道などで入ってくる情報と実際はかけ離れていることを知りました」
強制は一切なし 自分と神様の関係がすべて
結婚前も、結婚して改宗してからも、アリさんから強制されたことは何一つない。結婚を意識し始めたころ、自分も豚肉を食べない方がいいのかとアリさんに尋ねた。答えは意外だった。
「それは愉理が決めるべきだ。あなたの、今までの大切なライフがあるでしょ」
あくまで「自分と神様との関係」が全てで、他人の行為は肯定も否定もしない。強制されなかったからこそアリさんの信仰への敬意が生まれ、イスラム教の勉強を始めた。酒や豚肉なども自然ときっぱりやめ、豚肉に触れた調理器具も全部買い替えた。
日本には礼拝ができる場所がとても少ない。出かけた先で礼拝できそうな場所が見当たらず、やむなくビルの階段の踊り場でアリさんが礼拝し、愉理さんは、もし誰か来たら事情を説明しようと階段の下に立っていたこともある。礼拝の場所に困るために、特に女性ムスリムが外出しづらいことも知った。
地域に夫を受け入れてもらいたい
アリさんがストレスなく仕事をできるように、また、ムスリムが安心してくつろげる場所を作ろうと、礼拝スペースを設置できる店舗物件を探し回った。
一方で愉理さんは、ヒジャブはモスクに行くとき以外は着用しないし、礼拝も無理はしない。
「イスラム教の土壌のない日本で、仕事人としてどうあるかを考えたとき、お客様の前に出るときにヒジャブを付けられるか、仕事中に礼拝の時間を作れるか。現実的には難しいし、無理を言えば会社や周囲を困らせてしまうと思います。なら、私と神様の関係として、現実の中でできることを最大限やろうと考えています」
なによりも地域の中で、ムスリムである夫を受け入れてもらいたい。だから町内会の集まりなどには積極的に参加するし、店の食材は近所の店で買うようにしている。少しずつ、向こうから声をかけてくれる人が増えてきている。
「私は夫から、とてもゆっくりイスラム教について学ばせてもらっています。時間はかかるかもしれませんが、ずっと先に今を振り返った時、夫や日本に生きるムスリムの人たちにプラスになればと願っています」
年下の夫を支える44歳女性の決意(大阪)
大阪――。平野区にある「NPO法人 日本ハラール協会」の扉を開けると、ヒジャブ姿の女性の隣で、長い髪を束ねた女性が電話応対に追われていた。事務員のマリ・ハディージャさん(44)だ。20歳近く年下のインドネシア人、アブドゥル・ラフマンさんと2014年の正月に結婚した。
「急に頑張らなくてもいいよ」 夫の優しさ
「改宗ってそんなに大げさなことではなくて、普通に生きてきた人に信じるものが一つできたというだけのことです。ただそのおかげで、自分自身がとても落ち着きました。自分の中でごちゃごちゃと悩んでいたことを、神様の思し召しと思えるようになりました」
旅先のインドネシアのホテルで働いていたラフマンさんと出会ったのは12年の夏。改宗について、ラフマンさんから言われたのは一つだけだ。「信じるものはアッラーだけ」
改宗に不安がなかったわけではないが、心を楽にしてくれたのはラフマンさんの言葉だ。ラフマンさんの出身地の村を訪れた際、宗教的なしきたりについての立ち居振る舞いが分からないマリさんに、こう声をかけた。「そんなに急に頑張らなくていいよ」
結婚してすぐ、初めて水色のヒジャブをかぶった時もこう笑われた。「似合わないからかぶらなくていいよ」
夫が歩調を合わせてくれたからこそ、日本でもムスリムが普通に生きられる社会を願う。来日したころ、ISのニュースを見たラフマンさんが、悲しそうな顔でつぶやいた。「これがイスラム教だと思われたらどうしよう」
「夫もそうですが、本来、ムスリムは人を許す人たちだと感じています。だからもし日本で、ISとムスリムを同じだと見るような人と出会ったら、それは違うって言おうと決めました」
改宗して3年半、夫から「ヒジャブが似合うね」
夫は仕事先で、「日本に来たら宗教なんて関係ない」と言われたことがあるという。単に理解がないのかもしれないし、逆にそう考えないとイスラム教に理解の浅い日本では生きていけない、ということを伝えようとしてくれたのかとも思う。特に食事は大変だ。食べられない食事を勧められて「おなかが痛い」などとその場をやり過ごすこともあるが、好意を断るのも気疲れする。コンビニでも、そもそも原材料の表示が読めない。
「夫も、日本の生活になじむべく割り切ろうとしている一方で、罪だとは感じています。私ができるのは、私と一緒にいる時間は、あえて罪を作らせないということです。食べていいのか分からないけどまあいいや、ということは絶対にしません」
最近、夫から「ヒジャブが似合うね」と言われるようになったという。改宗して3年半。ムスリムとしての自分を見る夫の心境に変化があったのかな、そんなことを感じている。
2児の母、子どもたちの未来を思う(東京)
再び東京――。練馬区の西武池袋線江古田駅近くにあるイタリアンレストラン「プランポーネ」。経営するのは、人懐っこい笑顔でしゃべりだしたら止まらないバングラデシュ人のムジャヘッド・ジャハンギールさん(54)と妻・千尋さん(32)。別のイタリア料理店で店長をしていたジャハンギールさんと、大学生のアルバイトだった千尋さんは22歳差の熱愛の末、7年前に結婚した。
改宗して不自由はまったくない
「イスラムの教えは、例えば『親を大切に』とか『うそはつかない』とか、実は日本の子どもが親からしつけられることと似ているのです。改宗することに特に違和感は感じませんでしたし、改宗して不自由になったとはまったく思いません」と千尋さん。
一方でジャハンギールさんの生活は、ムスリムとしてはちょっと「荒れて」しまっていた。来日したのは32年前。日本には今以上にイスラム教への理解がなかったという。日本社会に溶け込むため、食べ物や生活習慣などで、イスラム教では禁止されていることも受け入れざるを得なかった。結果、その生活が日常になってしまっていた。元に戻せたのは結婚を決めたころ、千尋さんに諭されたからだ。
「すべて彼女のおかげです。あれはだめこれもだめって言っていたら日本の人と仲良くなれないから、僕も一生懸命やってきました。でも、彼女と出会って、教えに基づいた生活に戻るように、神様が導いてくれたのです」と当時を懐かしむ。
千尋さんは0歳と3歳の娘の育児に追われながら、店を切り盛りする日々だ。礼拝を全部はできない日もあるし、金曜礼拝にはそうそう行けない。
「ムスリムですから、ちゃんとできたほうが心は穏やかです。でも神様は寛大で、人間が気にしているようなことは気にしていないと夫に教えてもらいました。教えに基づいて努力をする、それが一番大事だと考えています」
子どもは日本で少数派だが、私たちはぶれずに
「怖い」と誤解されてしまうかもしれないと、客には自分たちがムスリムであること、店がハラール料理を提供していることを積極的には明かしていない。ムスリムとして生まれた子どもたちの将来に、不安がないわけではない。
もどかしさは少し感じつつも、2人はあくまで自然体だ。ジャハンギールさんは語る。「僕たちはムスリムだとアピールする必要はありません。僕たちが素敵な顔をして生きていれば、自然と人が訪ねてきてくれる。そのくらいの人間になりなさい、というのがイスラムの教えなのです」
隣で千尋さんもうなずいた。「私たちの子どもは、日本では少数派になります。学校の給食でも食べられないものがあるとか、いろんなことがこの先あるかもしれません。ただ、主張するのではなく、私たち夫婦がぶれずに教えに基づいた生き方をして、周りの人たちと楽しく暮らしていけば、自然と子どもたちもうまくやっていくと信じています。家庭ごとにいろんなルールの違いはありますよね。その中の一つという感じで、周りのお友達にも自然に理解してもらえたらうれしいと思っています」
誤解が多いから怖いだけ
この3人の女性たちの生活は、日本に伝えられるステレオタイプなムスリム女性のイメージとは違い、確かな自由がある。なにより夫や子どもと幸せな生活を送っている。これはイスラム教が根付いていない日本だから、たまたま許されているのか。
前出のマリ・ハディージャさんが働く「NPO法人 日本ハラール協会」のレモン史視(ひとみ)理事長は、「イスラム教を知らないまま、『怖い』『厳しい』というイメージを持たれていると悲しくなります」と言う。レモンさんは27歳の時に自らイスラム教に改宗し、ムスリムの夫と結婚した。外出時はヒジャブを付けている。
「イスラム教は女性をしいたげる宗教、などということは決してありません。例えば、預言者ムハンマドは積極的に家事を行っていましたし、『天国は母の足の下にある』とも仰っています」
自分と神との契約なので、神との関係をどうしたいかは自分に委ねられている。レモンさん自身も毎朝の礼拝に夫と起こし合うが、たまに起きられないこともあるという。人間だから、そうそう完ぺきにはいかない。だから、努力を続けるのだ。
「報道などでイスラム教の厳しいルールや暴力的な行為に焦点があてられがちですが、ルール以前に重要なのが信仰です。イスラム教はとても優しく寛容な教えであり、暴力的な教えはありません。それは神の存在を味わえば自ずと理解できる、神の愛からなる教えです」
現在、日本には外国人労働者が増え、政府は訪日外国人の拡大を図っている。必然として、日本で暮らすムスリムや、ムスリムと結婚して改宗する日本人とその子どもたちが増えていくだろう。
「イスラム教についての誤解が多いから怖いだけなのだと思います。これから日本に増えるムスリムやその子どもたちが暮らしやすい社会を作るために、日本の社会と共存するために、理解を広めていきたいと思っています」
文=國府田 英之(POWER NEWS)
写真=伊ケ崎 忍(東京)、山内 浩(大阪)