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井浦新:若松孝二を演じる苦悩と歓喜

文化 Cinema

日本映画の異才、若松孝二の死から間もなく6年。白石和彌監督の『止められるか、俺たちを』で若松プロダクションが再始動した。強烈なカリスマ性を持つ若松監督役を熱演した井浦新に話を聞いた。

元ヤクザという異色の経歴で映画界入りし、1960年代から70年代にかけ低予算のピンク映画を量産して「ピンク映画の黒澤明」と呼ばれた男、若松孝二。しかしその作品は、ただ裸体や濡れ場をやたらと出すだけの低俗なポルノとは一線を画し、人間や社会の奥底を鋭くえぐり出すエネルギーにあふれていた。80年代に入ると、ピンクの枠組みを脱して数々の問題作を世に送り出し、国内外で高い評価を受けた。世界三大映画祭すべてに出品した数少ない日本人監督の一人でもある。

1965年に設立した若松プロダクションは、若松の映画作りのベースであるとともに、映画人を志す若者が彼を慕って集まる場所だった。しかし2012年10月、若松の突然の死によって活動休止を余儀なくされてしまう。

止められるか、俺たちを ©2018若松プロダクション

その若松プロがついに映画制作を再開した。第1弾を飾るのはそれにふさわしく、かつての若松プロを舞台にした作品となった。『止められるか、俺たちを』は、若松プロの青春時代ともいえる69年から71年にかけての物語。21歳で若松プロに飛び込み、助監督として濃密な時間を生きた吉積めぐみとその仲間の青春群像劇になっている。若松プロ出身の白石和彌が企画し、自ら監督を務めた。

主人公・めぐみを演じたのは日本映画界期待の若手、門脇麦。気になるのは誰が若松孝二をやるかだが、白石監督が「この人しかいない」と指名したのは、晩年の若松映画すべてに出演した井浦新だった。その井浦に、自身も心酔するあの強烈なキャラクターをどのように演じたのか、話を聞いた。

若松孝二役のオファーに悩む

——この役の話が来たとき、まずどう反応しましたか?

「若松プロ再始動の話はなんとなく伝わってきていました。監督が白石さんと聞いて、それは筋が通っている、いい流れだと思いました。それからしばらくして、60年代の若松プロの話になるらしいと……。悪い予感がしました。そうしたら案の定、僕に若松監督の役をやってほしいとなって。一番嫌なのが来たなと……」

——どういう意味の「嫌」ですか?

「もうただ『嫌』ですよ。そんな簡単に『やったー、やります』って言える役じゃないですから。僕の心と体であの若松監督を演じ切れるなんて想像もできなかった。監督を知っている分、余計にその人にはなれないと分かっていたし。とりあえず、『考えさせてください』と1カ月くらい猶予をもらい、年明けに返事をすることになって。『今年はとんでもないことが起きるなあ』、と具合が悪くなるような新年を迎えました(笑)」

白石和彌監督、故・若松監督の写真の前で ©2018若松プロダクション

——若松監督から三島由紀夫の役(『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』、2012年)をやってくれと言われたときとは、どう違いましたか?

「若松監督から言われたらやるしかない。考える余地もなく『はい、やります』と即答するしかないんです。で、その後に具合が悪くなっていく(笑)。白石監督は若松組の先輩ですけど、同い年だし、師匠ではなく兄弟子という感じだから、少しくらい考える時間をもらってもいいかなと。そうは言っても、断るという選択肢は最初からなかったですけどね。若松プロの再始動、しかも白石監督で、そこに自分以外の役者が若松孝二を演じている姿なんて見ていられなかったでしょうから。だからせめて、苦しみ悩む時間を楽しませてもらおうと」

——役を引き受けてから、いわゆる「役作り」のようなことはしたのですか?

「全然。僕が出会う前の30代の若松孝二をいくら再現しようとしても無理じゃないですか。監督の著書に『俺は手を汚す』という、僕が繰り返し読むバイブルみたいな本があるんです。ページを開くと、監督が僕らに伝えてくれていた言葉がそのままある。言っていること、やっていることは何十年も一貫して変わっていない。読むだけで、僕には監督の声が聞こえてくるんです。それをまた読んで、あとは僕の中にいる若松監督が自然にあふれ出てくるままにすればいいと思いました」

吉積めぐみ役の門脇麦(右)と井浦新 ©2018若松プロダクション

自分の中の若松孝二が突然生まれた

——撮影に入ってからはどうでした?

「クランクインして僕の最初のシーンは、若松監督と足立正生さんがレバノンに行き、パレスチナ武装組織のキャンプを撮影する場面でした。ベッカー高原の夕陽を背に、当時の日本赤軍の重信房子さんに向かって監督がカメラのシャッターを切るという、それだけのシーンです。僕にとってはいい入り方だと思いました。若松監督になった自分から一体どんな声が出るのか、どういうリズムで、どんなふうに動くのか、その時になるまでは演技プランなんてゼロでしたから。まずはセリフなしで、ゆっくり入っていけると思ったんです」

足立正生役の山本浩司(左)と井浦新 ©2018若松プロダクション

「そうしたら白石監督が突然、『 “あっちゃん(足立)そこどけ”とか、“重信こっち向け”とか、適当でいいから何か言ってよ』と台本にない無茶振りをしてきた。若松監督の声は突然出てくると思ってはいたのですが、それ以上の突然でした。あの瞬間、想像していなかった第一声で、僕の中の若松孝二が突然生まれたんです。それがむしろよかった」

「若松監督も撮影現場では僕たちに心の準備をさせなかったんです。準備ができて、落ち着いて整った状態でやっても、それはただの芝居になってしまう。それよりも役者のテンションが高ぶって突き抜けた状態を監督は見極めて、そこで『よし行くぞ』といきなり一発本番に入る。弟子である白石監督も同じようなことやってるな、さすが若松プロだなと思いました」

©2018若松プロダクション

——映画の撮影シーンで監督になるというのはどんな体験でしたか?

「現場での若松監督は、怒鳴り散らして、わざと現場の空気をビリビリさせました。僕らもその波動を感じて緊張していきますし、そうすることで最大のパフォーマンスを引き出してもらえるんです。今回の撮影期間、僕は監督の役だったせいか、すごく冷静に周りが見えていましたね。あいつ疲れて眠たくなってるな、とか。この人、頭でこねくり回して変な小芝居入れてきたな、なんていうのも見える。そうすると、全部ぶっこわしてやれ、という気になるんですよ。この作品の中で僕は、若松監督であるという特権を得たのだから、何をやってもいいんだと。それは幸せな時間でした。僕が憧れた、あの野性味あふれる若松監督を、意気揚々と、無茶苦茶になって生きればいい、そんな気持ちでやれました」

インタビュー撮影=花井 智子
聞き手・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)

作品情報

©2018若松プロダクション

  • 監督=白石 和彌
  • キャスト=門脇 麦、井浦 新、山本 浩司、岡部 尚、大西 信満、タモト 清嵐、毎熊 克哉、伊島 空、外山 将平、藤原 季節、上川 周作、中澤 梓佐、満島 真之介、渋川 清彦、音尾 琢真、高岡 蒼佑、高良 健吾、寺島 しのぶ、奥田 瑛二
  • 脚本=井上 淳一
  • 音楽=曽我部 恵一
  • 製作=尾﨑 宗子
  • プロデューサー=大日方 教史、大友 麻子
  • 製作=若松プロダクション、スコーレ、ハイクロスシネマトグラフィ
  • 製作年=2018年
  • 製作国=日本
  • 配給=スコーレ
  • 宣伝=太秦
  • 上映時間=119分
  • 2018年10月13日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開
  • 公式サイト=www.tomeore.com
  • フェイスブック=https://www.facebook.com/tomeore/

予告編

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