シリーズレポート「老いる日本、あとを追う世界」

平地の人材不足を、山から補う—caregiverを創る—

社会

タイ北部のチェンマイはバンコクなどの都市と比較して涼しく、その過ごしやすさから観光客だけでなく日本人をはじめとした外国人居住者も多い。旧市街は歴史文化遺産の城壁に囲まれ、市内だけでも100以上ある仏教寺院とのハーモニーは風情豊かである。国内最高峰のドイ・インタノンなど緑豊かな山岳地帯に囲まれる古都での高齢者向けの活動を紹介する。

「caregiver」育成の取り組み

チェンマイ近郊の山間地域の貧困層には、平地の病院まで通うことが難しい身寄りのない高齢者が多い。チェンマイを拠点として主に高齢者向けの活動に取り組むタイのNGO、FOPDEV(Foundation for Older Persons Development)は、こうした地域において無償でケアを行う「caregiver」の人材育成に取り組んでいる。

チェンマイ大学看護学部による講義を3ヶ月、市内の病院や高齢者施設での実務経験を積む3ヶ月の計6ヶ月間の研修で介護士(caregiver)の人材育成は行われる。寝食を含む研修中にかかる費用のすべてはFOPDEVが奨学金として貸与する。FOPDEVは、研修修了後のcaregiverを平日は市内の富裕層の高齢者に有料で供給し、週末はFOPDEVの活動地域である山間地貧困層の高齢者に無料でケアを行う。また、同地域のコミュニティーに対して、高齢者ケアに必要な知識の普及活動も行う。

在宅での介護需要が高い富裕層には有料で人材を派遣して、得られる収入を人材育成と貧困層の高齢者への無償のケアに回す仕組みは、画期的だ。ところが、チェンマイ市内にはこうした奨学金付きの高齢者ケア人材育成への参加を希望する者がいない。なぜならcaregiverという仕事へのネガティブイメージが大きいからだ。

チェンマイには外国人やタイの富裕層を対象にしたリゾート型の介護施設が多くある。写真はDok Kaew Gardensというクリスチャン系組織が運営し日本人を含む多くの外国人が居住する。

平地の仕事を山岳民族に譲る

チェンマイ市内の寺院の入口。モン族の子供たちが民族衣装を身にまとい、観光客と写真を撮る代わりにお金を稼ぐ。

タイでは近年の経済発展で労働市場は拡大し、職業選択の多様化が進んでいる。建設現場の労働者をはじめメイドなどの職はミャンマーやカンボジアからの出稼ぎ労働者が担うので「タイ人はやらない仕事」になりつつある。これが介護職となると、賃金が低い上に汚物を扱うなどのハードな仕事が多く、ハードルはさらに高い。そこでFOPDEVは介護職人材の不足を補うために、山岳民族を対象に人材育成を行っている。「教育や就業の機会に恵まれない貧しい山岳民族」は研修を通して介護スキルを習得し、奨学金返済後は収入も確保され、就職も可能だ。さらにFOPDEVがターゲットにする貧困高齢者は無償でケアを受けられる。「win-winな関係」とFOPDEVのスタッフは言う。

研修を受けた20名の1期生のうち、4人が途中辞退、4人は介護施設や病院、5人は自動車関係などの民間企業へ転職した。FOPDEVに残ったのは5人のみと離職率が高いことがわかる。「平地のタイ人」がやりたくない仕事を、「恵まれない山岳民族」というレッテルを貼った上で彼らに押し付けることになってはいないだろうか。

病院や国の介護施設で働く「セラピスト」と呼ばれる介護職は、大卒資格を要する専門職で敷居も高い。他方、民間団体などが実施する数日間の研修を受講するだけでも、caregiverにはなれる。メイドとcaregiverの違いも明確でない。タイ政府は需要の高まりからもcaregiverを平準化し専門職として確立させようと計画している。誇りを持ってタイの人々が取り組める「職」として根付くかどうかは、これからの制度づくりに大きくかかっている。

プロジェクトの概要について

笹川平和財団 新領域開拓基金「アジアにおける少子高齢化」事業

バナー写真=チェンマイ旧市街の城壁の中に位置するワットプラシン。チェンマイで最も格式の高い寺院で、市民にとって誇りだ。(写真はすべて著者提供)

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