日本のエスニックタウン

東京の新しいチャイナタウン—池袋

社会 文化

山下 清海 【Profile】

中華街は開国以来の老舗エスニックタウンだが、近年、日中経済関係の緊密化に伴い、池袋にも新たに中華街が形成されている。その実像とは。

池袋チャイナタウンの形成

このなぞは,中国人留学生の次の言葉で解決した。1990年代末ごろ,中国人留学生が「池袋は私たち中国人にとって便利なところですよ。アルバイト先も多いし,中国人が必要なものは,何でも池袋で売っていますから」と私に話してくれた。

池袋駅北口

それ以降,池袋駅の東口と西口の界隈を歩き回るうちに,池袋駅北口周辺に,新華僑が開業した中国料理店,中国食品スーパー,中国書店,ネットカフェ,旅行社などが集積していることがわかった。私は,この北口周辺が海外で見て来た新しいチャイナタウンの誕生であると確信した。そして,2003年には,「池袋チャイナタウン」と名付けた。当初は,検索サイトで「池袋チャイナタウン」を検索しても,私のホームページしかヒットしなかったが,今では10万件以上のサイトがヒットするようになった。テレビ,新聞,雑誌などでも取り上げられるようになり,多くの人が池袋チャイナタウンの存在を認識するようになった。

15年6月現在,私の調査では,池袋駅北口を中心とする池袋駅西側には,約210軒の中国関係の店舗があり,そのうち中国料理店だけで70軒あまりを数える。

池袋周辺の日本語学校と安価なアパート

新華僑の店舗が池袋に集中するようになった主な理由として,次の3つを挙げることができる。1つは,池袋周辺に日本語学校が多く立地したことである。1980年代後半,日本語学校の多くは東京に集中しており,特に日本語学校が多数立地したのは,池袋と新宿の周辺であった。2つ目の理由は,池袋駅から徒歩5~10分くらいの地区に老朽化した家賃の安いアパートが多かったことである。3つ目は,東京有数の繁華街である池袋には,来日したばかりで日本語がたどたどしい中国人就学生でも,居酒屋などのレストランの皿洗いやビル清掃などのアルバイトを見つけやすかったことである。

なかでも91年,中国食品スーパー「知音中国食品店」が池袋駅北口近くで開業したことは重要な契機となった。これにより,その周辺に新華僑経営の店舗が多く集中するようになった。起業を目指す新華僑にとっては,「池袋駅北口」という場所はブランド化している。

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山下 清海YAMASHITA Kiyomi経歴・執筆一覧を見る

筑波大学教授。1951年生まれ、福岡市出身。筑波大学大学院博士課程修了。人文地理学専攻。理学博士。世界のチャイナタウンをフィールドワークしている。著書に『東南アジア華人社会と中国僑郷——華人・チャイナタウンの人文地理学的考察』『チャイナタウン——世界に広がる華人ネットワーク』『池袋チャイナタウン—都内最大の新華僑街の実像に迫る—』など。

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