
進化するラーメンと無形文化遺産としての「和食」
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様変わりをした日本食の評価
2000年末、ハーバード大学人類学教授テオドール・ベスターによる寿司の国際化に関する記事が「フォーリン・ポリシー」誌に掲載された。ベスターによれば、日本食は最近になるまで料理界で注目される存在ではなかった。しかし21世紀が始まる頃までには寿司の人気が世界的なものになり、2013年12月までには伝統的な日本食、すなわち「和食」(その定義は非常に難しい)がユネスコの無形文化遺産に登録されることに世界中が納得するまでになっていた。
これは実に驚くべきことだ。というのも近現代史上、わずかな例外を除いて、欧米人は日本食を好まず、日本人も西洋料理を好まなかったのだ。欧米のみならず中国においても、日本食の評価はやはりそれほど高くなかった。
ペリー提督の口には合わなかった日本食
1854年、マシュー・ペリー率いる黒船が日本に再び来航した際、ペリーらは旗艦ポーハタン号に幕閣を招き、できる限りの豪華な料理でもてなした。それに対して日本側は数週間後に返礼として彼らを食事に招いたのだが、日本食の国際デビューは散々な結果に終わった。米国人にはなじみのない料理だったため、水夫たちはほとんど食べられなかったのだ。
ポーハタン号の公式な航海日誌には、一行は味・量ともにまったく満足できなかったと記録されている。こうした例が数限りなくあることを思うと、日本食をめぐる状況がいかに様変わりしたかを痛感させられる。今では欧米人の多くが日本食にすっかり慣れ親しんでいるのだから。
和食の伝統云々はともかく、自国の料理に過剰なまでに誇りを持つ“胃袋ナショナリズム”( “gastronationalism”)が日本に現れたのは、比較的最近になってからだ。ただし現代の日本人の食生活は150年前や100年前、さらには50年前とも明らかに違っており、砂糖、卵、肉、小麦製品の消費量が劇的に増えた一方で、コメの消費は確実に減り続けている。
胃袋とメディアによる「大量消費」
2012年に刊行した「Slurp!」では、中国伝来のラーメンが日本のポップカルチャーとして世界で認知されるまでの歴史を探求した。
2012年にラーメンの歴史に関する著書「Slurp! A Social and Culinary History of Ramen - Japan's Favorite Noodle Soup(ズルズル!―日本人が愛するラーメンの社会・料理史―)」を上梓した際、私は日本の多くの新聞や雑誌から「なぜ今出版したのか」「欧米や日本でラーメンブームが起きたのはなぜだと思うか」という質問をうんざりするくらい浴びせられた。
日本食といえば繊細で穏やかなイメージがある和食が真っ先に思い浮かぶが、その一方で、現代の日本では和食の対局にあるといえるラーメンが日々大量に消費されている。
インスタントラーメンの年間消費量は世界でおよそ1030億食。日本においては外食時の選択肢としてラーメンの占める割合は大きく、およそ3万5000軒のラーメン店がひしめく。さらに映画や漫画、歌、テレビ番組、雑誌、書籍、ブログなど、あらゆるシーンでラーメンが取り上げられている。
ラーメン人気、外国人の「立役者」たち
こうしたラーメンブームは日本に限ったことではない。香港ではラーメン店がミシュランガイドで星を獲得したし、ロンドンでもラーメン店が急増し、20店舗以上を数えるといわれる。
ロンドン在住の若手起業家、アーロン・レッシュ(Aaron Resch)はラーメン店のフランチャイズ手法に関する研究でMBAを取得した。レッシュの店のラーメンは、牛肉とヨークシャー・プディング(編注:ローストビーフの付け合わせに用いられる、シュー皮に似たイギリス家庭料理)をトッピングした“ブルドッグ・ラーメン”のように、日本式のラーメンに伝統的なイギリスの味を組み合わせたものが多い。
東京でラーメン店を営むアイバン・オーキン氏は2013年、ニューヨークに進出。当時のニューヨークタイムズ紙の取材では、ラーメンのすすり方を伝授した。(The New York Times/Aflo)
また2009年に話を聞いたアイバン・オーキン(Ivan Orkin)は、外国人という立場をうまく利用してラーメンを世界に広めた立役者として、東京とニューヨークに熱狂的なファンを持つ。今やラーメンはすっかりグローバル化したのだ。
だがそもそもラーメンは日本食なのだろうか。無形文化遺産に認められた和食とは明らかに毛色が違うにもかかわらず、日本を代表する料理の一つとして世界を席巻するに至ったのはなぜなのだろう。人気の秘密は“うま味”?それとも他に何か要因があるのだろうか。
庶民の定番料理から世界に向けた「日本の顔」へ
注目すべきは、1990年代初めに始まった本格的なラーメンブームが、日本経済の低迷期である“失われた20年”と時を同じくしているという点だ。つまり、今ラーメンが世界各地で爆発的な人気を得ているのは、日本政府主導のプロモーションや海外での和食の普及とはあまり関係がなく、むしろラーメンがサンドイッチ同様にその土地の味覚になじみやすい“プラットフォーム・フード”だからなのだ。
ラーメンは日本そのものだ。多くの日本人にとって、日本が戦後史の中で最も輝いていた時代を象徴している。実際、何人もの会社役員やラーメンコンサルタントが「ラーメンは日本社会に深く根付き、その時代の文化と分かちがたくつながっている。ラーメンのない日本など考えられない」と語ってくれた。
それほどまでにラーメンが日本人の食生活に欠かせない存在になったのは、単においしいからだけではない。大衆文化と結び付いて庶民の定番料理になったからだ。しかも今では世界に向けた“日本の顔”でもある。ラーメンの躍進は、ソニーやトヨタ、パナソニックなどと同様に、日本が第二次世界大戦での敗戦から復興し経済大国として発展を遂げたのと軌を一にしている。
ラーメンが文化と結び付いているのは日本に限られた現象ではなく、海外ではラーメンを日本食として売ったほうがよく売れる。例えば独自の麺文化の歴史を持つ台湾では、ラーメンはわざわざ「日式」(「日本の」の意味)とうたい、台湾の麺料理とは区別して売られていることが多い。しかも値段は高めだ。
つまりラーメンは、その土地の文化に溶け込み、寿司などの“エキゾチックな”日本食とは異なる形で発展を遂げたのだ。翻って日本では、国全体が均質化する中で地域の特徴を消費者に売り込むためのアイデンティティーになっている。