日中の懸け橋

「中国に愛された男」に外務大臣表彰=来年から日本での活動本格化—俳優・矢野浩二さんインタビュー

社会 文化

中国で活躍する俳優の矢野浩二さんが今年8月、「日本と中国との相互理解を促進した」との理由で日本の外務大臣表彰を受けた。表彰を受けた機会に「日中の懸け橋」としての思いについて聞いた。

矢野 浩二 YANO Kōji

1970年東大阪市生まれ。2000年に中国のドラマに初出演。以来、歴史ドラマ『記憶的証明』(記憶の証明)、『狙撃手』(スナイパー)、『翡翠鳳凰』、スパイアクション映画『東風雨』、バラエティー番組「天天向上」など数々の作品で、強い存在感を放っている。2012年9月には、日本の内閣府国家戦略担当相から「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の1人として感謝状を贈られる。2015年8月外務大臣表彰。著書に『大陸俳優 中国に愛された男』(ヨシモトブックス)。 公式ブログ: http://www.yano-koji.jp(日本語)、 http://blog.sina.com.cn/shiyehaoer(中国語)

9月16日、東京・港区のオスカープロモーション事務所に姿を表した矢野さんは表参道に面した事務所の華やかな雰囲気に合ったキャメル色のジャケットに赤や紺のシャツというカジュアルな服装。硬い話題ではやや緊張した面持ちをみせながらも、丁寧に言葉を選びながらインタビューに答えてくれました。

「このような栄誉をいただいたことは励ましになります」

これまでにも日本政府から感謝状を受けたことがある矢野さんですが、主に中国で活動していたため今回の表彰を「不思議なこと」と受け止めたそうです。それでも「非常に、非常に、うれしいです」と「非常に」を2度繰り返す中国式にも通じる表現で素直に喜びを表現してくれました。

インタビューに答える矢野さん

もう中国で14年も活躍しているためその中国語は大変流暢で、さすが現地のバラエティー番組で大活躍しただけに話し出すととどまるところを知りません。冒頭の外務大臣表彰に関係した質問には中国のファン向けにすべて中国語で答えてくれました。(中国語メッセージは動画=日本語字幕付き=をご覧ください。)

「ほっと一息できるメッセージ」心がける

矢野さんは2000年に中国に進出、日本兵専門の俳優として顔を売りましたが、理由もなく中国人を虐殺し怒鳴り散らす悪逆非道な日本兵ばかりを演じることは日本人である矢野さんにとって強いストレスのたまる仕事でした。2005年には「本当にひどい頃だと、軍服の衣装をみるだけで吐き気がするくらい」というほど強い精神的な葛藤を経験します。当時の女性監督のアドバイスもあり、日本兵役を“卒業”。その後08年から出演した湖南衛星放送のバラエティー番組「天天向上」、さらに日本兵以外の役でテレビドラマ、映画に活躍の場を広げました。

著書を手に立つ矢野さん

この間、政治・経済をめぐる日中間のさまざまな動きを横目で見ながら、好きな言葉「平静」そのままに、自分らしい姿勢を保ちながら、中国のミニブログ「微博」などを通じ「ぼくのコメントを見てみんながほっと一息できる、そういうメッセージ」を発信するよう心がけてきたといいます。

著書「大陸俳優 中国に愛された男」(ヨシモトブックス刊)などによると、この間、日本側で一部メディアから「中国に魂を売った男だ」「中国に迎合して有名になった」と心ない言葉を投げつけられ、へこんだこともありました。また、インターネット上では「日本への帰国時に殴られてケガをした」と報じられ、その事件を前提として「矢野はもう日本に帰ることができなくなった」とも騒がれました。

しかしこの日、殴打事件のことを聞いてみると、これは「ネット上のいい加減なうそ」だったそうです。それ以外のことでも、矢野さんは中国の一般女性と結婚しすでに5歳になる一女の父ですが、ネット上では、まったく別人である中国の女優さんと結婚したことにされていたり、「ドンドンどんどん別の方向に行ってしまうネットの怖さを感じます」と苦笑していました。

その矢野さんがいまやろうとしていること、それは長年の希望でもあった日本での本格的な俳優活動と情報発信です。来年から自宅を含む仕事・生活上の拠点を東京に移し、活動を開始します。

最近、一時帰国して家族と東京に滞在した際、地下鉄の切符を紛失し料金を払おうとしたところ駅員が矢野さんを信用してそのまま通してくれるという小さな驚きと喜びを経験しました。中国出身の奥さんはとてもびっくりし、日本人として日本の居心地の良さを奥さんにアピールする良い機会になりました。こんな話も日本からの情報発信の材料になりそうです。

また、日本の芸能界では「これまでの中国での活動と同じようにテレビドラマや映画に出演するのはもちろん、チャンスがあればバラエティー番組にも出たい」と意欲を示しています。中国では学校よりもむしろ仕事の現場で必死で習得した中国語を使いこなして現地のバラエティー番組で成功した矢野さんですが、それは「喜劇やお笑いが好きな大阪人」という素地があったから。お笑い全盛の日本に逆上陸して、バラエティーにも殴り込みをかける構えです。

映画「恋愛教父」より(2015年12月3日公開予定, 提供:北京金色池塘影視文化有限公司)

「よそ者ではない」パイプ役として、日本の情報を中国に

でも、これまで自分を育ててくれた中国のファンのことも忘れていません。

中国の人々に“仲間”として信用してもらえるまでになった数少ない日本人の一人として、「日本で経験した興味深いこと、面白いことを中国に向けて発信する」ことを通じ引き続き日中間のパイプ役でありたいと語ります。

パイプは中国語で「管道」と書きますが、これを日本語で読むと「かんどう」となり「感動」に通じます。少しオヤジが入った日本語と中国語を取り合わせた駄じゃれですが、矢野さんはこの言葉「かんどう」を大切にしながら日本と中国の間に前向きな感動を伝えるように心がけてきました。

「矢野浩二は外国人。でもよそ者ではない」

2012年に尖閣諸島の国有化をめぐり日中間が大いに緊張したこのころ、中国版ツィッターによくみられた書き込みだそうです。矢野さんはこの言葉を支えとして中国での活動を続けました。そしてその活躍と中国人ファンの支持から、2013年には米紙などから「中国で最も有名な日本人俳優」と評されました。

当初は日本兵専門の役者として、「悪ければ悪いほどいい、凶暴なら凶暴なほどいい(越壊越好、越凶越好)」と中国人監督から言われて単純な汚れ役を押し付けられながらも、「それが善人役であれ悪人役であれ、人間の行動には何かしら理由があるはずだ」との疑問を演技に込めたそうです。テレビのバラエティー番組でも厳しい言葉の壁に正面からぶつかる心意気と努力で人気を不動のものにした矢野さん。今後は日本でどのような活躍をみせてくれるのでしょう。

「大阪人だからバラエティー」も一つの道だけれど、ここまで中国人の心をとらえた矢野さんが発信する日本の姿。日本側からの手前味噌の良さだけでなく中国に長く滞在したからこそ見える欠点も含めたリアルな姿を、中国の人々がどのように受け止めてくれるか、楽しみです。そしていつか、そんな矢野さんがもう一度、重ねた年輪と繊細な情感を備えた、人の心を持つ日本の軍人役で、中国の観客の心に訴える演技を見てみたい気がしました。

(インタビュー 9月16日東京港区のオスカープロモーションで、編集部 三木孝治郎)

カバー写真=黒竜江衛星テレビのドラマ「戦神」より(2014年, 提供:北京金色池塘影視文化有限公司)

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