
海外の映画ポスターが物語る「世界のクロサワ」
Guideto Japan
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黒澤作品ならではの広がり
海外のポスター作家たちが黒澤作品をどう解釈し、どう表現したかを見る以外に、この展示のもう一つの楽しみ方として、各国の映画ポスターの特徴に注目してみたい。例えばイタリアのポスターは戦前から戦後にかけて、絵画性を重んじていた。それが見事に表れているのが、『蜘蛛巣城』(日本公開57年)だ。この三船敏郎が一斉に矢を浴びせられる姿は、日本から提供された映画のスチール写真をベースにしたと推測できるが、モノクロ作品にもかかわらず赤々とした血を流すなど、ドラマチックに演出している。ちなみに同国では伝統的にホラー映画の題字によく黄色が用いられるという。
(左)『蜘蛛巣城』イタリア版(59年、カルラントニオ・ロンジ作)。(中央)『隠し砦の三悪人』(58年日本公開)イタリア版(60年、ルイジ・マルティナ―ティ作)、(右上)デンマーク版(69年、ニナ・シエッツ作)、(右下)ポーランド版(68年、アンジェイ・ピヴォンスキ作)
一方、ポーランドやチェコスロバキア(当時)といった東欧の国々は、デザイン性を重視した抽象的な図柄を用いることが少なくない。アクション映画のポスターにはとても見えない『隠し砦の三悪人』のポーランド版はその典型だ。また、キューバには映画ポスターをあまり大量に制作せず、シルクスクリーンで刷るという慣習があった。それがこの『赤ひげ』(65年)のポスターのようなアーティスティックな作品を可能にした。
黒澤作品といえば、16本で主役を演じた三船敏郎を抜きには語れない。海外のポスターでも三船の顔を前面に出したものが目を引く。中でも出色なのが、三船の顔、というより表情だけを切り絵のようなタッチで表現した『用心棒』(61年)のアメリカ版ポスター。このようなミニマルな手法は、同国の黒澤映画のポスターとしてはかなり珍しいという。
(左)『赤ひげ』キューバ版(66年、エドゥアルド・ムニョス・バッチ作)。(右)『用心棒』アメリカ版(62年)
完全主義的な傾向があった黒澤監督は、撮影に莫大な予算を使ったため、次第に日本の映画業界では規模が追いつかない状況が見え始める。そこで見出した活路が海外との連携であった。ハリウッドからオファーを受けた黒澤は、『赤ひげ』の撮影後、アメリカで『暴走機関車』の製作準備に入ったが、計画は実現せずに終わった。68年末には日米合作『トラ・トラ・トラ!』の撮影に入るが、わずか1カ月で降板する。今回の展示では、この幻となった撮影のクルーに配られた貴重なスタッフジャンパーを見ることができる。
合作が成立したのはようやく75年、当時のソビエト連邦で撮影された『デルス・ウザーラ』である。その後も、80年の『影武者』には、ジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラが外国版プロデューサーとして名を連ね、カンヌ国際映画祭の大賞(パルム・ドール)を受賞。85年にはフランスとの合作で『乱』を公開。90年にはスティーヴン・スピルバーグの働きかけによって日米合作が実現した『夢』が公開されるなど、いよいよ「世界のクロサワ」にふさわしい国際的な製作方法が定着する。
『影武者』以降、晩年まで、かつて画家を志した黒澤が自分の演出意図をスタッフに説明するために絵を描いたことが知られている。その絵が使用されたのが『まあだだよ』(93年)のフランス版ポスター。また83年の第36回カンヌ映画祭では、黒澤が描いた『影武者』のイメージ画が公式ポスターに使われた。
中央に展示されているのが、幻となった黒澤版『トラ・トラ・トラ!』の赤いスタッフジャンパー。その後ろには黒澤の絵が使われた第36回カンヌ映画祭の公式ポスター
この企画の意図について岡田氏に聞いた。
「これらの映画ポスターを見るだけでも、黒澤監督の作品が非常に多様な形で世界に紹介されてきたのが分かります。興味深いのは、文化的背景の異なる国々のポスター作家たちが、どのように黒澤作品を解釈してきたのかということです。映画のエッセンスを的確に捉えたものもあれば、それに構わず自分の表現方法を押し通したものもある。各国のポスター文化の慣習に従ったものもあれば、それを壊したものもある。しかも、黒澤作品は、時代背景の異なる、さまざまなテーマの広がりをもっている。こうしたすべてを、一人の映画作家を通してまとめて見ることを可能にする存在がいるとしたら、それは日本映画では黒澤明をおいてほかにはいないでしょう」
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)
国立映画アーカイブ開館記念
没後20年 旅する黒澤明 槙田寿文ポスター・コレクションより
会期:2018年4月17日(火)~9月23日(日)
- 休室日:月曜日、8月7日(火)~12日(日)、9月4日(火)~7日(金)
- 会場:国立映画アーカイブ展示室(7階) 東京都中央区京橋3-7-6(東京メトロ銀座線・京橋駅徒歩1分)
- 開館時間:11時~18時30分(入室は18時まで)
- ※毎月末金曜日は11時~20時(入室は19時まで)
- 料金:一般250円、大学生130円(高校生以下及び18歳未満、シニア、障害者は無料)
- ウェブサイト:http://www.nfaj.go.jp/
(ポスター画像提供:国立映画アーカイブ 展示撮影:ニッポンドットコム)