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アフリカ王者アルアハリ、喪章に込めた想い

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100年以上の歴史を誇るエジプトのサッカー・クラブチーム「アルアハリ」。アフリカ・中東地域に6000万人ものサポーターを持つ名門チームだ。2012年FIFAクラブワールドカップにアフリカ王者として4度目の出場を果たしたが、今回はこれまでとは違う意気込みで試合に挑んだ。その理由、原動力とは何だったのか。監督をはじめとする選手団に話を聞いた。

サッカークラブチームの最高峰を決めるFIFAクラブワールドカップが、2012年12月6日(木)~16日(日)豊田スタジアム(愛知県)と横浜国際総合競技場(神奈川県)で開催された。

アフリカ王者アルアハリ(エジプト)の初戦はサンフレッチェ広島。2012年Jリーグ・チャンピオンの攻撃サッカーを研究し尽くしたアルアハリは、サンフレッチェのキーとなる選手を徹底的にマークし、2対1で勝利した。

“The National”を意味するチーム名

試合の翌日、チームを率いるホッサム・エルバドリ監督は、「勝つことだけに集中していつも戦う、それがアルアハリというチームです」と胸を張った。

ホッサム・エルバドリ(Hossam EL BADRY)監督は、1960年エジプト・カイロに生まれる。アルアハリ選手時代はMFとして活躍し、エジプト代表にも選出されている。引退後、2006年のFIFAクラブワールドカップで3位という成績を残し、アルアハリの黄金時代を築いたポルトガル人マヌエル・ジョゼ監督の下、副監督を務め、2012年、監督に就任。

アルアハリの設立は1907年、100年以上の歴史を誇る。アフリカ(CAF)チャンピオンズリーグでの優勝は最多の7回、国内のエジプト・プレミアリーグでも最多優勝クラブ(38回)に輝いている。数々の実績が評価され、アフリカの20世紀最優秀クラブにも選出されている。

アフリカ・中東地域に約6000万人のサポーターを有し、“The National”という意味の名を持つ「アルアハリ」は、エジプトの、また中東・アフリカの代表として名実ともにふさわしいチームといえるだろう。

FIFAクラブワールドカップへも、6大陸クラブ王者で頂点を競う形となった2005年以来、アフリカ王者として4度の出場を果たしている。これは、オセアニア王者のオークランドシティと並ぶ最多出場記録。だが、今回、出場に至る道程はこれまでになく厳しいものだった。

サポーター“72名殉教”への想いを胸に

「亡くなったサポーターたちのためにも、私たちは絶対に勝たなければならない、それだけを信じて、私たちはここまで来たのです」とエルバドリ監督は声を強めた。

2012年2月、エジプト・ポートサイードで行われた試合後、サポーターがピッチになだれ込み、暴動が発生。72人ものアルアハリ・サポーターの命が奪われた。この事件を機に、エジプト・プレミアリーグは中断。10ヵ月経った今でも再開の見込みは立っていない(大会終了後、12月30日に再開すると発表)。一年近くも国内リーグが停止するという状況に、一時は引退を考えた選手も少なくなかったようだ。逆境の中、FIFAクラブワールドカップ出場をかけ、アルアハリはCAFチャンピオンズリーグに挑むこととなる。

エジプト国内の状況も悪化し、チームの経営も過酷な状況にあったと語るカーリド・ムルタギ氏。

「エジプト・プレミアリーグが中断してから、チームに一切お金が入らなくなりました。そのため、チームのスポンサーに交渉して、必ずアフリカのチャンピオンになってみせますから、支援をお願いしますと懇願しました。選手に給料が支払えないという状況もありました。それにもかかわらず、みんなアルアハリというチームが大好きなので、それでもここで戦うという意志を見せてくれました。選手たちもチームの状況をよく分かってくれていると思います」

チームを経営陣として支える、カーリド・ムルタギ氏は、当時を振り返りこう語った。国内リーグ停止というハンデを背負いながらも、エジプト代表の選手が多く所属するアルアハリ。代表の試合や海外とのフレンドリーマッチなどの数少ない機会も大事にし、モチベーションを高めていった。その結果、2012年11月17日、宿敵エスペランス(チュニジア)を敵地で降し、ついに2012年のアフリカチャンピオンとなった。

FIFAクラブワールドカップでも、アルアハリの選手は、腕に喪章(もしょう)をつけてピッチに立った。ほかならぬ2月の暴動の犠牲者とともに戦うという想いからだった。

サンフレッチェ広島戦に勝利した後、対南米王者コリンチャンス(ブラジル)戦で0対1、北中米カリブ王者モンテレイ(メキシコ)戦で0対2と敗れ、大会4位の成績に終わったものの、ロスタイムのギリギリまで、体力の限界と戦いながら粘り強くゴールを狙う姿は多くの観衆を魅了した。

アフリカ・ナンバーワンの組織力がチームを支える

「サンフレッチェ広島や、日本のナショナルチームは、エジプトのチームよりもスピードは速いと感じますね。本大会前には、日本のリーグもしっかりと研究してきましたし、オークランドシティとの対戦も観戦しましたよ」と語るアブデルハフィズ副監督。

アフリカ・中東地域で不動の地位を確立しているアルアハリ。サイド・アブデルハフィズ副監督はチームの強さをこう分析する。

「システムと組織力が何よりも大事だと思います。組織がしっかりしていれば、選手のモチベーションも高くなると個人的に感じています。組織力でいえば、アフリカでは、アルアハリのチームが一番でしょう。ヨーロッパのクラブに似ていますね。選手の体調や栄養管理は徹底しています。前回(2011年)のクラブワールドカップでアフリカ代表に選ばれた、チュニジアのエスペランスについても、同じことがいえるでしょう」

また先にも触れたが、選出されたメンバー25人のほとんどが、エジプト代表選手や、2012年ロンドン五輪で活躍した選手。中にはヨーロッパリーグで活躍した選手もいる。キャプテンのホッサム・ガリもその一人だ。オランダリーグ、イングランドプレミアリーグを経験した後、2010年に古巣アルアハリに戻っている。エルバドリ監督は、選手との関係性について「私はアルアハリでほぼ10年間、選手の近くにいますが、非常に親密で温かい関係を保てていると感じています。仕事の関係でありながら、友人、もっといえば兄弟ともいえる関係を築いてきました」と話す。

エジプト、日本に共通する互助精神

何度も日本を訪れているアルアハリだが、エジプトとは環境も文化も違う日本の滞在となると、不便に思うことはないのだろうか。

モハメド・アブトレイカ(Mohamed ABOUTRIKA)は1978年、エジプトのギーザに生まれる。FWとして「エジプトのジダン」と称されるほど、世界的にも有名な選手。2012年ロンドン・オリンピックでは、オーバーエイジ枠の選手として参加し、キャプテンを務める。FIFAクラブワールドカップにアルアハリの選手として4回全てに出場し、2006年の大会では得点王にも選ばれている。

「日本を訪れるたびに、自分が未来にいるのでは?と感じています。日本人は仕事をしっかりするし、システムも組織もちゃんと出来ています。礼儀正しいし、まさに理想的といっていい。また、サンフレッチェ広島がわれわれとの試合に負けた後も、サポーターが選手をちゃんとねぎらっているところが印象的でした。そういった日本のスポーツマンシップが中東・アフリカ地域にも広まってほしいと願っています」とエルバドリ監督。

アブデルハフィズ副監督も「日本滞在中、不自由なことは一切ありません。何かが起これば、こちらの大会関係者の方々は、どうにかして助けようと必死になってくれます。言葉の壁もあまり感じませんね。同時に、困っている人を放っておけないという精神は、エジプト人にもあります。そこが日本とエジプトと一番似ているところではないでしょうか」と続けた。

日本のサッカーについてもエルバドリ監督に聞いてみた。

 「日本のサッカーは非常に発展してきたと思います。日本と韓国のサッカーを見ている限り、私はアジアのサッカーがもう少しでヨーロッパに追いつくのではと予想しています」

また、アルアハリのエースストライカーで「エジプトのジダン」とも称されるモハメド・アブトレイカ選手も、日本のサッカーはここ数年、急速に進歩してきたと感じているという。

もっとも知られた日本のサッカー選手は“キャプテン翼”

では、エジプトのサッカー選手にもっとも知られている日本人は誰だろう。それは意外にも日本のアニメ『キャプテン翼』に登場するキャラクターたちだ。アラブ圏では『キャプテン・マージド』という題名で放映され、翼(マージド)に憧れてアフリカのプロサッカーを目指した選手は少なくない。

『キャプテン翼』の存在を知らなかったエルバドリ監督に、“翼世代”のアラブ圏の記者団が熱心に説明する。

「キャプテン翼(キャプテン・マージド)も日向(ひゅうが)小次郎(アラブ圏ではバッサム)も好きでしたよ。アルアハリの選手の中にも影響を受けた人はたくさんいます。バッサムは少し頭が堅いというか、厳しい面があるので、エジプトでサッカーするとしたら、ちょっとやりにくいですね。アルアハリの選手にはまずなれないでしょう(笑)」とはアブデルハフィズ副監督。

エースのアブトレイカも、やはり翼に憧れて幼少時代を過ごした『キャプテン翼』世代の一人。

「小さい時よく見ていましたよ。ただ、翼などがやっている技を、実際に真似するのは難しかった(笑)」

プレーに込められた国への想い

取材中、選手・コーチ陣とも、とても穏やかな笑顔が印象的だったアルアハリ。だが試合になると表情は一変。最後の最後まで、ゴールを割ろうと必死になって食らいついた選手たちに、圧倒された観客も多かった。

「われわれはアフリカ、そしてエジプト代表としてエジプトのサッカーをもっと広く知ってもらいたいと思っています。高いレベルでサッカーをやっているアフリカ代表としての誇りを持って、全力で頑張りたいとも思います。今も大変な状況にあるエジプトのファンたちを喜ばせたいと願っています」

アブトレイカの想いは、確かに選手・スタッフ全員に浸透していた。

日本のファンに向けてサインをお願いすると快く応じてくれた、エルバドリ監督(右)とアブトレイカ(左)。

「日本に来られることはいつも光栄なこと。日本の発展と幸せを祈る」(エルバドリ監督・右)。「日本国民の幸せをいつも祈っている」(アブトレイカ・左)。

 

聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム)

取材協力=Al Ahly Sports Club(アルアハリ)、エジプト・アラブ共和国大使館(プレス&メディアオフィス)

(バナー写真提供:Getty Images)

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