シンポジウムリポート

パブリック・ディプロマシーの時代(1):「損なわれた対話」を取り戻す試み

政治・外交 文化

領土問題や歴史認識の違いで近隣諸国との軋れきが絶えない日本にとって、効果的なパブリック・ディプロマシーへの取り組みは大きな課題だ。11月5日に開催されたシンポジウム『好かれる国の条件——パブリック・ディプロマシーの時代』では、米国屈指の知日派であるケント・カルダー氏が基調講演を行った。

日本のパブリック・ディプロマシーにおけるジレンマ

ニッポンドットコムは、ドイツのフリードリヒ・エーベルト財団との共催で、11月5日、東京都内でシンポジウム『好かれる国の条件——パブリック・ディプロマシーの時代』を開催した。今回のシンポジウムのテーマの背景には、領土問題や歴史認識の違いで近隣諸国との軋れきがとみに表面化している日本のジレンマがある。

3つのセッションで構成したシンポジウムの口火を切ったのは、ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所所長のケント・カルダー氏。「国際政治におけるパブリック・ディプロマシー」というテーマで基調講演を行った。

 

基調講演「国際政治におけるパブリック・ディプロマシー」

依然として修復できない「損なわれた対話」

パブリック・ディプロマシー(広報文化外交、以下PD)は、特に今日の日本にとって、極めて重要になってきている。ワシントンにいると、そのことを日々痛感する。この5年間取り組んでいた『ワシントンにおけるアジア』(Asia in Washington) があと数カ月で出版されるが、その執筆のためのリサーチの過程で、PDが特にこの1年ほどの間に、重要度を増したと実感した。

このシンポジウムで、特にヨーロッパの経験と比較検討しながら討議するのは大変有益だし、さまざまな視点から日本固有の状況があぶりだされてくるのではないかと思う。

個人的には、30年以上前にエドウィン・ライシャワー氏の下で学んだ時からPDに関心を持っていた。ライシャワー教授は1960年秋、大統領選挙真っただ中の時期に、フォーリンアフェアズ誌に、古典的な名論文『日本との損なわれた対話』(The Broken Diaglogue with Japan)を発表した。ケネディ大統領はこの論文に感銘を受けて、ライシャワー教授を駐日大使に任命したのだと思う。

何年にもわたって、「損なわれた対話」を修復しようとさまざまな人々が継続的な努力を続けてきたにもかかわらず、日本は国際関係でなかなか修復できない問題を抱えている。日本だけではない。多くの国の異文化間の対話は相変わらずうまくいっていない。例えば、米国もこの10年間、イスラム世界との対話は成功しているとはいえないし、中南米諸国との対話でもさまざまな複雑な問題がある。このアジア太平洋地域でも、「損なわれた対話」が恒常的に外交問題となっている。

新駐日米国大使にキャロライン・ケネディ氏を迎えるこの時期に、こうした問題を検討するのは大きな意味がある。もちろんライシャワー氏は彼女の父のケネディ大統領時代に駐日大使を務めたわけだが、ケネディ大統領、そして弟のロバート・ケネディ氏は、日本や世界各国に対する外交政策で、異文化交流・対話を重視した。ケネディ家の伝統といえる。今後もオバマ政権は、太平洋地域における異文化間の対話、PDを重視するだろう。

私はここではまず、日本固有の問題の前に、普遍的なPDの側面を概括し、そのうえでワシントンにおける日米間の対話の現状とワシントンと日本以外の他国との対話を対比したい。それが、日本の今後の参考になるのではないか。

市民社会の台頭で増すPDの重要さ

初めに、なぜPDが重要なのか、そのメリットを述べたい。

PDを通して他国の市民や指導者と非公式に関わることで、国際社会に受け入れられやすくなる。特に、紛争発生後に損なわれた関係を修復するため、広報活動を通じて、相手国に対する固定された自国のイメージを修復することが重要になる。PDによって、国が孤立したり、ボイコットされたり、非難されるというリスクを減らすことができる。

また、政治や社会の変革も理由のひとつだ。市民社会が世界各国で重要な役割を果たすようになってきた。サミュエル・ハンチントン(※1)が「第3の波」と呼んだ民主化の動きもその一環だが、インターネットの誕生による情報革命がこの流れを加速した。こうした理由で、世界各国でヒエラルキー社会が崩れ、離れた場所で発信された主張が世界中の市民に届くようになった。これまでは外交官の専権事項だった問題を、世界中の市民が論議するようになったのだ。

新聞、テレビなどの伝統的なメディアに加えて、さまざまな新たなメディアの登場により、コミュニケーションの幅が広がった。ポッドキャスト、ライブストリーム、ウェブ放送など、リアルタイムの放送が一般化し、重要性を増している。

PDと伝統的外交の統合

もうひとつは地政学的な変革だ。冷戦後、国際関係はより流動的になった。市民社会の台頭は、その国の指導者により大きな影響を及ぼしているだけでなく、国同士の関係にも影響を与えているようだ。だからこそ、PDの重要性が増している。

多くの外交官は、これまで、公式外交とPDを関連付けることが理想的だと感じていたし、私が駐日大使館で仕事をしていたときにそうだった。最近、各国の外交官たちはその必要性をますます強く実感しているのではないか。例えば、米国務省とUSIS(民間調査会社)が協調するなど、伝統的外交とPDを統合させることにより、今日の大きな課題となっている外交コストの削減が実現できる。

特に米国では、PDと伝統的外交を組み合わせることに積極的な人たちが多い。そうすることで、外交における整合性を高めたり、対外的メッセージを効果的に発信することができるというのだ。もちろんその一方で、そのメッセージの正統性に対する疑念を生む可能性もある。つまり公平な対話を意図しているのではなく、プロパガンダだと受け取られかねない場合もあるということだ。

もちろん、伝統的外交とPDの双方をもっと効果的に活用する余地はある。私が注目したいのは、「トラック2」(Track 2)、「トラック1.5」(Track 1.5)協議の枠組みなどだ。政府の見解を忠実に伝達するのではなく、民間の個人レベル、NGOなどの非政府組織間の対話が、その国をよりよく海外に理解してもらうために効果的だと思う。例えば、ニッポンドットコムもその役割をある意味で果たしているのではないか。

ワシントンにおける「日本」

次に、ワシントンで世界各国がどう新たなPDを展開しているかをみてみたい。それが特に、今日の日米関係を考える上で重要だと思うからだ。ワシントンには、米国政府だけではなく、世界銀行、国際通貨基金(IMF)などの国際機関、米州開発銀行などの地域機関、世界トップ5のうちの3つのシンクタンクなどさまざまな機関がある。こうした「権力の境界域」(the penumbra of power)が、世界でますます影響力を増している。

一方、世界では、ワシントンのような国際政治の中心地で、さまざまな利害の対立が深まっている。国益の衝突や単なる誤解から生じている場合もあるが、だからこそPDの果たせる役割が大きくなる。日本が直面している重要問題についても、異なる見方、立場がある。例えば、領土問題、歴史解釈、拉致問題、財政問題、エネルギー問題、そして原発に関する問題だ。さらには、アベノミクスをどう捉えるべきかなど、日本経済についても異なった見解がある。

日本の問題解決が国際的に重要になっているし、日本が国際的にとりうる選択肢にも関わってくる。だからこそ、この急速に発展する情報化、グローバル化時代において、ワシントンにおけるアジア、あるいは日本を考えることがますます重要になっているのだ。

韓国や中国の斬新なPD戦略

ここで、ワシントンで斬新的なPDのアプローチをしている他国の組織とその機能をいくつか事例として紹介したい。

まず「トラック2」のアジェンダセッティング(課題設定)・フォーラムがある。ワシントンのKorea Economic Institute(KEI)が、この分野では特に効果的な活動をしている。間接的に韓国政府の支援、また非政府団体の支援も受けている。そのオフィスは、かつてヘンリー・キッシンジャーのコンサルティング会社(Kissinger Associates)があった所だ。ここをベースに講演会を開催したり、ネットワーキングセッションを行ったり、ポッドキャストなどを効果的に活用している。

日本は以前、ワシントンに外務省の支援のもとでJapan Economic Institute(日米経済協会)を置き、日本経済に関する広報活動を展開していたが、2001年に閉鎖された。日米の通商摩擦も収束し、両国関係は安定した、という見地からだろう。他のいくつかの組織がそれぞれの役割を果たしていると思うし、JEIの閉鎖を批判するつもりはない。だが、ひとつのパラダイムとして、KEIのようなアジェンダセッティング・フォーラムは その国の国益を増やす上でかなり効果があることは確かだ。

アイディアクリエーション(アイデア形成)・フォーラムもワシントンで存在感を増している。これはアカデミックな交流を通じて、将来の政策形成に役立つさまざまな発想を生む目的の組織で、ワシントンの「ドイツ・マーシャル基金」が設置したTransatlantic Academy が代表例だ。米国にドイツをはじめとする欧州諸国から学者を招聘(しょうへい)して、米国人アナリストたちと、移民問題など双方にとって関心の高いグローバルな問題について対話の場を設けている。また、ジョンズ・ホプキンス大学も、欧州関連プログラムを通じて活発にこうした活動を行っている。

革新的な手法を用いたメディアも効果を上げている。もちろんNHKも素晴らしい仕事をしている。だがワシントンでは、中国国営テレビのネットワークであるCCTV(China Central Television)が非常に精力的だ。CCTVのジャーナリスト約100人のうち、80人が米国人だということが興味深い。CCTVで米国人がインタビュアーやアナウンサーとして登場し、ワシントンから世界に向けて積極的に多くの番組を放映しているのだ。こうした革新的な試みに、もっと注目すべきではないか。

文化交流で存在感示す欧州

次に、文化交流・ネットワーキングのフォーラムを挙げよう。フランスのメゾンフランセーズ(La Maison Française)、ドイツのゲーテ・インスティテュート(Goethe-Institut)など、この分野では欧州機関が積極的だ。日本大使館の広報文化センター(Japan Information and Culture Center)もさまざまな活動を展開しているが、こうした各国の機関が行っている活動はそれぞれ異なるので、国際比較をしてみるのも面白いだろう。

それから民族的少数派支援のための NGOがある。 中国の場合、ワシントンの大使館内に、主に中国系米国人のための業務を行う局を設置している。米国在住の中国系米国人は、現在400万人以上いる。米日カウンシル(US-Japan Council)も設立以降、文化交流や太平洋地域のさまざまな問題に関する理解の促進に貢献してきた。ジョン・ルース前駐日米国大使もその活動に積極的に関わっていた。

最後に、政党に関わる機関を挙げよう。この分野では、ドイツが先駆的だ。今回のシンポジウムを共同主催しているフリードリヒ・エーベルト財団が代表例だ。ドイツ社会民主党と関係があり、指導者になるような若い世代の育成に貢献してきた。そのほかにも、保守党系列など他の政党が関わる機関があり、ドイツ政府の支援を受けてドイツと世界の対話を促進する役割を果たしている。

日本のPDにとっての課題と可能性

このように、ワシントンには実に多岐にわたる機関が活動しているが、これまで例に挙げたことを参考にして、日本の外交政策にとって、どのようなアプローチが適切か、どのような斬新な手法が可能かを検討することには意義があると思う。

政府といつでも利害が一致するわけではない民間の機関でも、国益に関することで、共通に関心がある問題ではPDに貢献するはずだ。経団連の経済広報センターのワシントン支部はかなり前になくなったが、日本の実業界として、ワシントンにどんな代表機関を持つのか、どんな形での独立機関が最適か、再検討する価値があるだろう。

また、首都同士の交流にもっと力を入れることも必要だ。ソウル、北京はワシントンと姉妹都市関係にあるが、東京は違う。東京の姉妹都市はニューヨークで、もちろん、ビジネスの観点では有効だ。ただ、多くの都市は複数の姉妹都市提携を結んでいる。日米関係の重要性を考えれば、東京はワシントンとも姉妹都市になるべきではないか。

そして、前述のように、ニューメディアをもっと積極的に活用したほうがいい。例に挙げたKEIは、ポッドキャストなどネットワーキングのツールを、韓国にとって有用な人物と会うために活用したり、アイデアを提示したりするのにうまく活用している。

そして、ローカルスタッフをさらに活用することだ。CCTV を例に挙げたが、ワシントンのスタッフの80%が米国人だ。例えば日本で米国が自国の考えを伝える役目を、常に米国人が果たすべきだろうか?日本人スタッフを活用するほうが効果的な場合もあるのではないだろうか。PDでは、自国のスタッフだけではなく、相手国のローカルスタッフを活用することで、最も効果的なメッセージを発信できる場合があるのではないか。

理解、迅速な対応と誠意

総括すれば、PDで大事なのは、まず相手を理解することだ。自国の考えを提示する前に、他国の立場を理解しなければならない。PDを通じて相手を理解し、観察することが重要だ。第2に、市民社会が力を得て影響力を増すと同時に、社会状況がより不安定になり外交のアプローチも流動的になった今だからこそ、PDの重要性は増しているということ。第3に、外交目標達成のためにどんな手段を取るかは重要だが、達成すべき目標はますます多様化しているということだ。

第4に、迅速な対応と気配り、配慮が大事だということ。以前、駐日大使館にいたとき、えひめ丸事故(日本の水産高等学校の漁業練習船と米国の潜水艦衝突事故)が発生した。細やかな気配りをしながら、迅速に対応する必要に迫られた。世界が急激に動いている今日、このように迅速な対応を誠意を持って行うことが求められる。だからこそ、相手国における自国利益を代表する機関が必要だし、相手国の市民が担う役割も重要になってくる。

2020年東京オリンピックは、日本にとって、イノベーションやメッセージを世界に発信するためのまたとない機会になるだろう。だがその一方で、外の世界が日本に関して何を憂慮しているのかは認識しておかなければならない。

 (基調講演をもとに構成。一部割愛)

(※1) ^ 米国の政治学者(1927~2008)。1991年の論文『第3の波』(The Third Wave)で近現代史における民主化波及の歴史的特徴を3つの時期に区分して論じた。

シンポジウム パブリック・ディプロマシー ケント・カルダー