福島第一原発事故による被ばくと健康被害(パート2)
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「被ばく」イコール「健康被害」ではない
国際専門家会議「放射線と健康リスク」第2セッション「放射線被ばくによる健康影響」は2011年9月11日午後から開かれ、米国やドイツの大学の研究者が登壇し、低線量被ばくと健康、緊急被ばく医療の課題について議論を交した。
国際疫学研究所のジョン・ボイス氏は疫学的見地から「どの程度の線量にさらされたかが“毒”の量を決めるのであり、被ばくしたことがそれを決めるのではない」と強調した。つまり、「被ばく」イコール「健康被害」ではないということだ。我々は日常的に低線量の放射線を受けている。レントゲンなどの医療被ばくだけでなく、宇宙や大地など自然界からも放射線は出ており、それらを考慮した上で年間被ばく線量の目安が定められている。日本の場合は年間20ミリシーベルトだ。
ボイス氏によれば「放射線ががんを引き起こすことは紛れもない事実だが、放射線疫学の領域で低線量放射線による発がんのリスクの問題は解決されていない」という。その上で、ボイス氏はいくつかの安心材料を示した。たとえば、チェルノブイリ原子力発電所事故では急性放射線障害が報告されているが、福島ではそうした重篤な事態は起きていない。
また、チェルノブイリ事故において唯一、放射線と健康影響の関係性が科学的に認められている小児甲状腺がんについても、福島の場合、住民の線量評価を考慮すると、がん発症の主因となる放射性ヨウ素の体内摂取は極めて微量だと予想されていると指摘した。「住民の安心と健康管理のために疫学調査は実施すべきだが、今日までに推定された線量はあまりに低いため、慢性的な被ばくによる有意な健康リスク情報が得られる可能性はほとんどないだろう」というのが、ボイス氏の見解だった。
低レベル汚染物質の処理には世論の合意が不可欠
セッション3a「汚染地域における放射線量及び線量測定」のパシフィック・ノースウェスト国立研究所のブルース・ネピア氏は今後の課題として、放射能を有する廃棄物処理問題を取り上げた。高レベル放射性廃棄物は厳格な処理が求められるが、低レベルの汚染物質については線量こそ低くても量が膨大。この処理については世論の合意が必要であり、「長期にわたる困難な国民議論が始まろうとしている」と述べた。
また、セッション3b「放射線生物学と放射線防護学/安全:基礎と疫学と分子疫学」では京都大学の丹羽太貫氏が医学的な立場から健康リスクについて論じ、「医師は一人ひとりの個人的リスクと、統計学的なリスクの双方を見た上で、患者の助けになるようアドバイスをしていくべきだ」と述べた。
原発事故の精神的な影響
国際専門家会議2日目の9月12日は、セッション4「チェルノブイリ原発事故の教訓から学ぶ」、セッション5「放射線安全と健康リスクに関するガイドライン」で、さまざまな視点からの研究成果が発表された。
ニューヨーク州立大学ストーニブルック校のエヴェリン・ブロメット氏は「チェルノブイリ原発事故の心理的影響」について論じた。チェルノブイリ、スリーマイル島原子力発電所事故でも、多くの住民に抑うつや不安、心的外傷後ストレス障害(PTSD)といった精神的な影響が認められているという。影響を及ぼす要因は自らの健康や肉親の健康、将来的な不安、社会の偏見など多岐にわたり、福島でも同様の精神的な影響が出ることが懸念される。ブロメット氏は「心の病は身体の病と分けて考えるべきではない」として、福島でもメンタルケアを充実させるべきだと訴えた。
会議の締めくくりでは、国際放射線防護委員会のアベル・ゴンザレス氏と、福島県立医科大学の山下俊一氏が座長を務めた。漢陽大學校のジャイ・キ・リー氏が韓国での反応などを紹介したほか、ドイツ連邦放射線防護庁のウォルフガング・ヴァイス氏が国連科学委員会の活動を報告。同委員会では今回の事故による被ばくのレベルと放射線影響について、2012年に中間報告書を、2013年に本報告書を出す予定だ。
フクシマから学んだことを活用していくために
すべての発表が終わった後、会議に参加した専門家たちによって「国際専門家会議『放射線と健康リスク』 結論と提言」が作成された。多くの国際会議では事前に提言を作成しておくが、今回は会議の内容を踏まえて当日作成した。その内容を一部紹介したい。
第一に注目されるのは「住民の避難、屋内避難、食の安全規制が適切に実施された」ため、「一般住民への直接的な放射線被ばくによる健康への影響は、チェルノブイリに比べて限定的で非常に小さいと考えられる」としている。ただし、事故の影響は甚大で、住民が安全を得るためには今後も継続的なモニタリングと評価が必要だと訴えている。
第二に「継続した健康モニタリングが必要だ」という点。政府はすでに福島県民を対象とする健康管理調査として、個々人の外部被ばく線量を推計する基本調査と、甲状腺超音波検査などからなる詳細調査を開始している。
そして「結論と提言」は、「日本政府と国際機関は、長期的な協力関係を効果的に継続するために、この災害から学んだことをいかに最大限活用できるかという課題を解決すべきである」と締めくくられた。
会議の成果が福島の復興と再生に貢献することに期待したい。
取材・文=林 愛子(サイエンスライター)
国際専門家会議「放射線と健康リスク」プログラム(後半)
9月11日(日)
セッション2:「放射線被ばくによる健康影響:低線量被ばくと健康、緊急被ばく医療の課題」
座長:放射線医学総合研究所 米倉義晴、英国保健保護局 ティモシー・ウォーカー
「電離放射線暴露の医学的影響とリスク」ニューメキシコ大学 フレッド・メトラー
「航空乗組員の疫学的調査~宇宙線による低線量被ばく」ブレーメン大学 ハーヨ・ツェーブ
「環境放射線による被ばくに係わる健康リスク」ワシントン大学 スコット・デービス
「放射線や原子力事故に係わる緊急時対応医療」アメリカ国立癌研究所 ノーマン・コールマン
「放射線疫学~福島の展望について~」国際疫学研究所 ジョン・ボイス
セッション3a:「汚染地域における放射線量及び線量測定」
座長: 放射線影響研究所 大久保利晃、ドイツ連邦放射線防護庁 ウォルフガング・ヴァイス
「放射線防護とリスク評価における放射線量の諸単位」欧州合同原子核研究機構 ハンス・メンツェル
「放射性廃棄物による急性被ばくおよび継続被ばくの内部放射線量」パシフィック・ノースウェスト国立研究所 ブルース・ネピア
「チェルノブイリ原発事故と核実験によるフォールアウト~線量測定と対策と疫学~」アメリカ国立癌研究所 アンドレ・ブーヴィル
16:15 セッション3b:「放射線生物学と放射線防護学/安全:基礎と疫学と分子疫学」
座長:放射線影響研究所 大久保利晃、ドイツ連邦放射線防護庁 ウォルフガング・ヴァイス
「放射線幹細胞からみた子宮内被ばくと低線量率被ばくのリスク」京都大学 丹羽太貫
「原爆被爆者における放射線と発がんリスク」放射線影響研究所 児玉和紀
9月12日(月)
セッション4:「チェルノブイリ原発事故の教訓から学ぶ」
座長:アメリカ国立癌研究所 馬渕清彦、イリノイ大学シカゴ校 アーサー・シュナイダー
「放射線影響:チェルノブイリの教訓を今後の福島に活かす」ロシア医学放射線研究所 ヴィクトル・イワノフ
「チェルノブイリ原発事故における線量推定」ウクライナ医学アカデミー ヴァディム・チュマック
「チェルノブイリ原発事故後のウクライナにおける甲状腺がん~ウクライナ・アメリカ甲状腺事業の枠組み~」ウクライナ内分泌研究所 ニコライ・トロンコ
「チェルノブイリ原発事故の心理的影響」ニューヨーク州立大学ストーニブルック校 エヴェリン・ブロメット
「チェルノブイリ甲状腺組織バンク」インペリアルカレッジ・ロンドン ジェラルディン・A・トーマス
セッション5:「放射線安全と健康リスクに関するガイドライン」
座長:環境科学技術研究所 嶋昭紘、国際放射線防護委員会 クリストファー・クレメント
「放射線防護の原則」英国健康保護局 ジョン・クーパー
「発がんモデルと放射線防護」マンチェスター大学 リチャード・ウェークフォード
「放射能汚染地域長期在住者の防護~ICRP Publication 111からの提言~」フランス原子力防護評価研究所 ジャック・ルシャール
「福島原子力発電所事故から学ぶ放射線防護の教訓」大分県立看護科学大学 甲斐倫明
セッション6:総括
座長:国際放射線防護委員会・アルゼンチン核保安局 アベル・J・ゴンザレス、福島県立医科大学/長崎大学 山下俊一
「福島原発事故に関する市民の反応と新たな視点」漢陽大學校 ジャイ・キ・リー
「福島原発事故に関する国際連合放射線影響調査科学委員会の報告」ドイツ連邦放射線防護庁 ウォルフガング・ヴァイス
コメント:国際原子力機関 イゴール・グセフ
国際原子力機関 ジャン・ウォンデルゲム
世界保健機関 エミリー・ファン・デベンター
閉会式
司会:笹川記念保健協力財団 紀伊國献三、英国王立国際問題研究所 デイヴィッド・ヘイマン