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フリーズドライ食品を極める—天野実業

軽量・コンパクトなブロック状の製品に熱湯を注ぐだけで、シチューやカレー、リゾットなどが瞬時に出来上がる。こんな魔法のような食品が、各地のスーパーなどで売り上げを伸ばしている。「アマノフーズ」のブランドでフリーズドライ(真空凍結乾燥)製品の最先端を行く天野実業(広島県福山市)を取材した。

あっという間に調理完了

フリーズドライは医薬品製造の分野で技術が発達し、食品ではインスタントコーヒーが広く知られる。だが、ブロック状にして「1食分」の食品として販売される商品は、日本独自のものだ。1つの重さが、わずか数10グラム。また、乾燥中に過剰な熱が加えられないため、食品が持っている色素や栄養素、味や香りの成分が損なわれないのが最大の特徴。特にニンジンやナス、葉物野菜などの色と食感は、これがインスタント食品かと驚かされる。

日本で徐々に浸透してきたフリーズドライ食品は、大手食品メーカーなどが市場に参入してきたことや、2013年に大手コンビニエンスストアがプライベートブランド(PB)商品の一つに採用したことで、需要が一気に拡大。天野実業は中規模の企業だが、異なる具材を組み合わせてのフリーズドライ技術に豊富なノウハウを持っており、現在は200種類以上の製品を生産。ブロックタイプみそ汁の市場で約65%のシェアを誇る。

百聞は一見にしかず。まずは下の動画を見てほしい。これは編集部で、シチューを「調理」してみた記録だ。

「カップ麺の具材供給」に加え、消費者向け製品にも挑戦

天野実業は染料販売を営んでいた創業者が第2次世界大戦後の1947年、食品の着色や風味づけに使われるカラメルの製造を開始。1957年には日本で初めてカラメルの粉末化に成功し、同社はその後、インスタントラーメンのスープ製造など乾燥技術を利用した食品加工に事業のかじを切る。

フリーズドライ装置は1968年に導入。背景には、その後世界に広まった、大手食品メーカーによる「カップ麺」の開発プロジェクトがあった。同社はエビ、イカ、焼豚など、カップめんの具材を一手に担当。一方で「大手企業向けに具材を供給するだけでなく、一般消費者向けの製品づくりにチャレンジしたい」と模索した。1982年にブロックタイプのみそ汁を開発。「当初は工場にやってくるお客様へのお土産だったが、おいしいと評判になって」(同社幹部)、1983年に販売を開始。通信販売を中心に販路を広げていった。

2008年には、その技術力と将来性をかわれてアサヒグループホールディングス(アサヒビール)が買収し、グループ傘下となった。

乾燥時間、温度管理が技術のポイント

フリーズドライは、あらかじめ乾燥させたい食品をマイナス30度前後に凍結し、それを真空凍結乾燥機に入れて水分を飛ばす技術。装置内の気圧が下がると水の沸点はどんどん下がり、真空に近くなるとマイナスの温度でも水は気体になってしまう。凍結した食品内の水分は、装置の中では氷から直接水蒸気になっていまい、このまま真空の状態で常温に戻すと、残った食品はカラカラに乾燥した状態となっている。

食品それぞれに最適な凍結・乾燥条件があり、凍結温度や真空にするまでの時間、常温に戻すまでの温度管理などには微妙なノウハウが必要。これが、複数の食材を使用した調理製品ではさらに難しくなる。経験やデータの積み重ねがないと200種類もの製品のつくり分けはできず、この技術力が天野実業の強みとなっている。

同社は乾燥機を年々増設し、現在は19台が稼働する。最大の装置は直径2.5メートル、長さ24メートルと、鉄道の車両1台分ほどの大きさ。1回の乾燥工程は約24時間で、機械内部に入った製品の温度をセンサーで常時測りながら加工が進んでいく。

凍結乾燥前の作業工程。この段階で、みそ汁の具の部分はすでに冷凍されている

 

できた製品は、まず大きな冷凍庫で凍結。奥の水色のハッチが凍結乾燥機

 

凍結乾燥機は、鉄道の車両1台分ほどの大きさがある

 

フリーズドライが終わり、パック詰めされる製品

渡辺尚登・研究開発本部長は「お湯をかけて10秒ほどで、異なる部材がきちっと戻るというのが重要なポイント。そのために、凍結する前の食品の前処理の仕方に細心の注意を払っている。これからも他社から目標とされる品質を追求していきたい」と話す。

「簡単でおいしい」広がるニーズ

天野実業の兼光宏美社長

フリーズドライは非常に軽いため、当初は「宇宙食みたい。軽くてなんだか頼りないというお客様の反応も多かった」(同社幹部)。また、他のインスタント食品に比べて価格が若干高いことから、同社はこれまで食にこだわる高齢者を中心に、通信販売を主力にビジネスを展開してきた。

ところが、東京駅近くにアンテナショップを出したところ、企業で働く女性のお弁当、残業時の夜食などに使える商品が人気に。新たな顧客層があることが分かったという。

2011年3月の東日本大震災以降は、災害時の非常用食料としてもフリーズドライは注目されている。兼光宏美社長は「簡単に温かいものが食べられるということで、備蓄食品としても将来的なニーズは高いとみている。保存期間5年の商品を新たに開発したので、今後は需要開拓を働きかけていきたい」と話した。

タイトル写真:機械の中で真空凍結乾燥されるブロックタイプのみそ汁=天野実業の里庄第2工場(岡山県里庄町)で写す

文・写真:石井 雅仁(編集部)

【企業データ】
天野実業株式会社
本社:〒720-0813 広島県福山市道三町9-10
代表取締役社長:兼光宏美
事業内容:真空凍結乾燥(フリーズドライ)食品、カラメル、粉末調味料の製造など
資本金:6750万円
従業員数707名(2013年12月現在)
売上高:203億円(2013年12月期)
ウェブサイト:http://www.amanofoods.co.jp/

先端技術 インスタント食品