外国人との「共助」で災害を乗り越える : 防災情報の多言語翻訳だけでは足りないこと

社会 防災

製造業やサービス業を中心に、日本では多くの外国人労働者が活躍している。さらに、訪日外国人数も3000万人を超えた。地震や台風などの災害の多い日本では、外国人も含めた防災対策を考えていく必要がある。

グローバリゼーションの進展で、日本に居住・滞在する外国人は毎年増加している。最近は外国人観光客の増加も著しい。そのような中、滞在先の地域で、地震や台風、洪水など様々な災害に遭遇する外国人も増加している。自然災害の多い日本では、外国人住民、観光滞在者を含めた防災対策を考えていく必要がある。ここでは、外国人を交えた地域防災を、その意義と課題からみていきたい。

1. 外国人を交えた地域防災は、何のために行うのか?

外国人を交えた地域防災は何のために行うのか?そこには、大きく2つの意義がある。

一つ目は、観光客や短期滞在者も含めて、来日する外国人に向けての「日本の広報活動」である。今後予定される様々な国際イベントへ向けて「おもてなし」の体制が整いつつあるが、その中で災害・防災に関する情報提供や対策を十分に行うことは「安心、安全な日本」のPRへつながる。また、観光であれ就労であれ、日本に入国し滞在する人々に対し安心や安全を可能な限り提供することは、ホスト国としての責任でもある。その責任をきちんと果たせる成熟した国であることを広く周知するために、外国人を交えた地域防災システムを整える必要がある。

もう一つの意義は、日本人か外国人かを問わず、その地域、その場所に居合わせた全ての人が協力しあって、できるだけ災害の被害を小さくするためである。災害時には、「共助」力、すなわち、お互い助け合うことで、被害を最小限にとどめるための力が生まれることがある。

見知らぬ人々が助け合い、災害を乗り越えるには、できるだけ情報を共有しておくに越したことはない。外国人を「交えた」地域防災は、外国人を「お客様」として助けるためだけにあるのではない。ホスト社会側の日本人も、外国人住民や観光客も、その場にいる人々が最大限協力し合い、お互いに災害を乗り切っていくために、必要なものなのである。

2. 外国人住民を交えた地域防災を考える上で大切なこと

海外旅行中に、「今から砂嵐が来るから、注意して」教えられたら、どうだろうか?仮に、日本語でもたらされた情報であっても、日本人には砂嵐がどのような被害や危険を及ぼすのか感覚的に分からない。砂嵐に備えるには何が必要なのか、注意すべきなのは1時間なのか、1週間なのかもわからず、困ってしまうのではないだろうか。

外国人を交えた地域防災というと、まず最初に行われるのが防災・災害情報の多言語翻訳である。もちろん、言語の面での制約を小さくすることは重要なことである。ただし、翻訳して、防災対策は完了、という訳にはいかない。なぜなら、言語以外にも「母国における自然的・社会文化的背景」という制約があるからである。

「砂嵐が来る」だけでは日本人には不十分なのと同じで、台風や地震と無縁な国の人にとっては、単に日本語から翻訳されているだけでは十分には理解できず、その災害自体の説明や情報提供が必要な場合がある。

浜松市の津波避難用のパンフレット(ポルトガル語版)
津波を知らない人にも分かりやすいイラストで説明している

静岡県「外国人住民ための避難生活ガイドブック」(タガログ語版)
避難所の様子やマナーなどをイラスト付きで分かりやすく説明。英語、ポルトガル語、やさしい日本語版もある

また、近年ハザードマップの多言語翻訳版の作製が各自治体等で行われることが多くなってきたが、マップの読図の方法や空間認知の方法が、日本と外国とでは違う場合があることにも留意しなくてはならない。世界の多くの国々では、道路や広場に名前を付け、それぞれの道路などに面する住宅に一連の番号を付す形で住居表示をしている。このため、場所の特定は道路名を手掛かりとして行われることが多い。


すべての通りに名前がついていて、道路名と番号の組み合わせで住所表記がされている

一方、日本の住居表示は、京都や札幌などを除きほとんどの都市が、町名・街区符号・住居番号を用いて表示される街区方式である。名称のない道路も多く、道路の裏手に回り込む形で不規則に住居番号が表示されていることもある。危険から身を守り、安全な場所へ避難するために利用する地図なのに、住居表示システムという社会文化的背景の違いにより、外国人によっては読図しづらいこともある。

ところで、いくら多言語で情報を発信しても、当事者である外国人に届かなくては意味がない。自治体が多言語版ハザードマップを発行しているのに、残念ながらその存在を知らない外国人住民が多くいるのが現実である。

多言語での防災・災害情報は「翻訳・作成」が目的ではなく、「情報が外国人にいきわたる」ことを目的に、有効な周知伝達経路の構築までを含めた、情報提供の対策がなされなくてはならない。なお、国内に居住する外国人向けの多言語情報の一部は外国人観光客に対する観光防災の一環としても活用できる。今後は、外国人旅行者へ向けて、外国人居住者向けの情報の存在と、情報入手の「入口」を広く周知していくことも必要であろう。

浜松市の防災マニュアルの表紙
日・英・ポルトガル語の3カ国語で併記。多言語で情報発信していることを日本人が知っていることも重要

また、「宗教」等をはじめとした社会文化的背景の相違、例えば、災害後の避難所における食のタブーや生活文化の相違なども、災害後避難が長期化する場合には重要な留意事項となる。外国人を交えた地域防災では、言語のみならず、「自然的・社会文化的背景」の相違を認識した上で、その対策を講じていく必要がある。

3. 「外国人を交えた地域防災」の主人公は「地域」

従来の地域防災の中では、外国人は「災害弱者」という位置づけから論じられることが多かった。もちろん、「言語」や「自然・社会文化的背景」といった制約に起因する課題は多い。しかしながらこれだけで「弱者」と決めつけて援助される側に位置付けるのは、少し早急にすぎるきらいがある。

筆者が、東海地域に居住する外国人を対象に行ったアンケート調査では、滞在年数の長短や日本語能力の有無に関わらず、大規模災害時には国籍を超えて住民同士が協力しあう重要性を指摘する回答が多くみられた。「避難所での食料配布や料理の手伝い」「避難所で子供や老人の世話」、「消火活動や排水活動」などで、自分が地域に協力できるとする回答者も多かった。

外国人は「災害弱者」ではなく、共助の大きな柱ともなる可能性を秘めている。少子高齢化が進み、これまで、地域防災の中心的役割を担ってきた地域住民も高齢化により災害弱者へと転換していく。そのような中、外国人とともに災害を乗り切る必要性は、今後一層増大することが考えられる。そのため、地域防災の共助力を向上するために、また外国人に知らせるために、われわれ日本人住民側も多言語情報の存在を認知しておく必要があり、今後は、日本人住民へ向けても、地域の多言語情報の入手方法を広報していく必要がある。

以上、外国人を交えた地域防災について概観してきた。我々は、日常の中で、民族や、言語や宗教などの文化的事象の共有といった枠組みで人を区分することが多い。それが必要であったり、有効な場合もある。ただし、防災・災害時に関しての最優先事項は、「いかに助けるか?助かるか?」であり、民族をはじめとした文化社会的枠組みからの区分の必要性はすこぶる低い。

地域防災の中で主人公は、あくまでも「地域」、あるいは「その場所に今いる人々」なのである。まずはじめに「地域」や「場所」のことを考える。そして、そこにおける協働や情報共有のために「言語」「文化社会的背景」を考慮した施策を整備する。このような、「地域」を主人公として、外国人を交えた地域防災を考えていくプロセスの中では、もしかすると、今後の多文化社会に向けたより良い「共生の作法」が生まれる可能性もあるかもしれない。是非、その可能性にも期待してみたい。

バナー写真 : 台風21号による高潮などの被害で閉鎖された関西空港に足止めされた外国人旅行客ら(2018年9月5日、時事)

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