外国人医療の現場で起きていること

医療・健康 社会

堀 成美 【Profile】

訪日外国人や外国人労働者の受け入れ体制が問われる中で、医療の現場では急増する外国人患者の受け入れに苦慮している。多国籍・多言語の患者への対応に関わってきた筆者が、外国人医療の課題を解説する。

異なる文化・習慣への対応も必要

外国人患者受け入れの際に文化や習慣が問題になることもある。ムスリムの患者から、家族以外にはどうしても肌を見せることができないので女性スタッフだけで対応してほしいとの希望があった場合、ほとんどの日本の医療機関は要望に応じられないだろう。

例えば妊娠出産の場合、都内には女性スタッフだけでお産の対応ができる施設もあるが、決して多くはない。安心して出産するために母国に戻る、シンガポールやマレーシア等の医療機関を選択してはと助言するのも一案だ。

食事については、特定の食材や調味料を使わなければ大丈夫というレベルから、スタッフの手指消毒のためのアルコール使用までやめてほしいと要望される場合もある。治療上の制限がなければ、家族による食べ物の持ち込みやケータリングの利用などを含めて、入院前や入院時に医療機関と患者家族が話し合うことで解決できる場合もある。

今まで以上に重要な感染症対策

国境を越えた人の行き来が増えることにより、今まで以上に感染症対策が重要となっている。日本の医療機関は標準的な予防策を取っているが、医療者だけでなく患者や家族の協力も必要である。しかし、啓発ポスターや説明パンフレットにしても、日本語しかない場合が多い。例えば、麻疹(はしか)や風疹が流行しないようにするためにワクチンの接種率は95%程度を維持しなければならない。日本で妊娠出産、育児をする外国人への対応としては、日本の予防接種制度などを説明する多言語資料が必要だ。医療機関、自治体などのウェブページでは医療サービスの情報を多言語で提供することを徹底すべきである。

また、留学生や外国人技能研修生など、一定期間国内に滞在する外国人に関しては、入国前の健康診断を求めることが望ましい。留学生が勉強とアルバイトで睡眠不足になり、低栄養やストレスなどから結核を発症し、日本語学校の教室で感染が広がる事例もある。技能実習生は雇い入れ時および定期の健康診断を義務付けられているが、集団生活の中での結核の集団感染が報告されている。麻疹、風疹が海外から持ち込まれて地域に拡大するリスクもある。

来日前の健康診断は、結核の集団感染や予防接種で防げるはずの病気の持ち込み防止、本人が隔離されて学習や収入が奪われないようにするために重要だが、学生確保の妨げになるという視点から積極的に取り組む学校や地域は少ない。一番困るのは当事者である。安全や安心のための人道的なケアは現在の経済優先の中で軽視が続いている。その結果、地域の医療機関に大きな負担がかかることになる。

医療界全体で体制づくりを行う段階に

外国人医療の体制整備は、決して新しい問題ではない。2018年になって急に問題が表面化しているように見えるのは、全体として対応件数が増え、さらなる増加が予期される中で、医療従事者のみならず報道関係者や地域のリーダーたちが、このまま外国人と医療の問題を放置したら大変なことになると危機感を強めたからだ。

上記に挙げたように、医療現場での外国人患者への対応で初期に取り組むべき二大テーマは、患者の健康・命を守るための「医療安全」の確保と医療の現場を疲弊させないための未収金問題である。これはテクニカルな側面が大きいので、院内の仕組みを見直して必要な予防策を講じればリスクを減らすことができる。つまり「それをいつやるか」の段階に入っている。もはや、特定の医療機関だけが外国人患者への対応を先行して実践する時代は終わった。患者を守る、職員や病院を守るための迅速な体制づくりは、各現場のリーダーや幹部の決断と行動にかかっているのだ。

(2018年11月 記)

バナー写真:国立国際医療研究センター(東京都新宿区)・国際診療部の前に立つ筆者

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国立国際医療研究センター・国際診療部特任研究員。神奈川大学法学部、東京女子医科大学看護短大卒。2009年国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース修了。同年聖路加看護大助教、13年より現職。15年4月より国際診療部医療コーディネーターを併任。18年8月より国際診療部特任研究員。共著に『いのちに国境はない―多文化「共創」の実践者たち』(第15章「国際医療の現場と医療リテラシー」担当/慶応義塾大学出版会、2017年)など。

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