外国人医療の現場で起きていること

医療・健康 社会

訪日外国人や外国人労働者の受け入れ体制が問われる中で、医療の現場では急増する外国人患者の受け入れに苦慮している。多国籍・多言語の患者への対応に関わってきた筆者が、外国人医療の課題を解説する。

外国人患者の対応に四苦八苦する医療現場

筆者が勤務する国立国際医療研究センター(東京都新宿区)に、「言葉の通じる病院を紹介してほしい」という外国人からの相談が増え始めたのは2015年頃からだった。ほぼ同時期に、「通訳体制がなくて困っている。外国人患者を引き受けてもらえないか」という他の医療機関からの相談も目立って増えた。

もちろん、以前から都内には多くの外国人が短期・長期に滞在しており、受診する患者もある程度の数は存在した。医療関係者に聞くと、その時々に身ぶり手ぶりで説明したり、患者の友人などの助けを借りてなんとか対応をしていたと言う。

しかし、最近になって「急いで体制整備をしなくては大変なことになるのではないか」という危機感が高まっている。統計の数字を待つまでもなく、現場レベルで「外国人の患者が増えている」と実感するようになったからだ。

月1件だった外国人患者への対応が週1件、1日1件と増え、観光地や都市部から全国各地へと不安を募らせる医療機関の数は広がっている。「東京五輪やパラリンピックに向けて」では間に合わない。患者の健康問題、命に関わる問題である。

例えば、新宿区に住民登録している外国人は全人口の約12%で増加傾向が続いている。人口増加分の6割以上が外国籍であり、働く世代から帯同家族の子どもの支援まで、多文化・多言の語行政サービスが必要となっている。地域の保育園や小学校の保護者向けの手紙は7言語準備する小学校もある。筆者の職場では新規外来患者の12%が外国籍であるため、通訳を介しての説明や診療はすでに「日常」となった。

政府は20年に訪日外国人4000万人達成を目指しており、短期滞在者への医療対応のニーズは高まるばかりだろう。そして、「骨太の方針」による外国人受け入れ枠の拡大で、日本で長期にわたり働く外国人も増える。つまり、医療の現場は、地域医療としての体制整備、訪日客対応と2つのニーズに直面している。主な問題を以下に挙げる。

「通訳」確保は個々の医療機関任せ

日本人の医師が日本語で日本人患者に説明しても、全てが明確には伝わるわけではない。医療を巡るコミュニケーションは難しい。

医療機関側には説明義務があるので、相手の理解を助けるために説明資料を渡すなどの工夫も行われている。こう考えると日本語が全く分からない人に通訳を確保するのは最低限の対応のように思えるが、日本の多くの医療機関に「通訳」という職種は存在しない。外部のサービスを利用しようにも、通訳に支払う謝金の予算がない、仮にあったとしても専門用語を理解する通訳がいないなどの問題にぶち当たる。

中には地域のボランティアに通訳を頼んでいる医療機関もある。警察や裁判には謝金の支払われる通訳が整備されているが、命に関わる医療分野では手薄な状態だ。筆者が関わったカナダとオーストラリアのフィールド調査では、英語でコミュニケーションが十分に取れない住民に対し、公費で訓練された通訳サービスが提供されている。患者の安全確保、人権を守るために必要な措置だという認識や合意があるため、予算や研修制度も整えられている。

日本では電話通訳サービスの契約に踏み切る医療機関も増えつつあるが、そのコストを負担できない施設では、なるべく外国人患者を受け入れないようにするなど、「共生」とは逆向きの反応も起きている。

国立国際医療研究センター国際研修部の医療通訳養成研修パンプレット

医療側にも課題がある。「通訳が足りない」「知識やスキルに課題がある」と問題をあげつらうだけでは何も解決しない。例えば、筆者の勤務先では、他の医療機関や団体と連携し医療通訳養成研修を開催している。特に、近年需要の高いベトナム語、ネパール語、ミャンマー語については医療通訳に関心を持つ人が無料で学べる制度を設けている。誤訳を防ぎ、患者のためになる会話を支えてもらうためにできる医療者側の努力には、通訳前に患者の状況を共有する、やさしい日本語を話す、説明に使う資料をあらかじめ渡しておく等の工夫がある。

だが、個別の民間医療機関にこうした対応を求めることには無理がある。一部では、地域の医療機関が連携した取り組みも見られる。観光振興に熱心な石川県では、同県の医師会が電話医療通訳サービスと契約をし、会員の医療機関が費用負担なく必要な時に利用できるようにしている。対象には観光客だけでなく、留学生や技能実習生、就労者とその家族が含まれる。

「医療費未払い」は対応可能な問題

日本では検査や治療が終わって会計に行くまで、医療費がいくらになるのか分からない仕組みになっている。診察室で医師や看護師に「それはいくらかかるのか」と質問しても、答えることができない。それでも大きな問題にならないのは、日本では(米国などに比較すると)医療費はそれほど高額ではなく、国民皆保険制度により自己負担は3割に抑えられているからだ。入院などで費用が高額になる場合、支払い困難な人には別途支払額を軽減・減免する制度も整っている。

外国人でも、留学生や就労者のように、日本人と同じ健康保険に加入している場合は同様の仕組みで医療サービスを受けることができる。日本の医療機関が困っているのは、例えば日本の保険に加入していない訪日外国人が、旅行保険にも加入しておらず、高額な医療費を「支払えない」と言って帰国してしまうことだ。回収不能になった医療費は「未収金」として病院の負債になる。

なぜ外国人では未収金が問題になりやすいのか。「絶対に払わない」「払わず逃げよう」という悪意のある事例も皆無とは言えないが、数としてはとても少ない。どちらかというと、本来は支払える能力があるのに、受診の際に支払えないという問題がある。

例えば、病院が現金対応のみだが十分な日本円を所持していない、クレジットカードを買い物で上限まで使ってしまったので決裁が難しくなってしまった、旅行保険に入っているが日本の病院が英語での支払い手続きができないために立て替えるように言われたなど、さまざまな理由がある。こうしたケースなら、クレジットカードやデビットカードで支払えるようにする、カード会社に依頼をして上限額を上げてもらう、本国の家族に連絡して家族のカードで支払ってもらう、海外の保険会社とのやり取りを代行会社に依頼して手続きするなど臨機応変に対応すれば解決できる。

支払い方法の選択肢も、通訳がいれば確認や交渉がスムーズになる。もちろん、このような努力をしてもなお、高額な医療費を医療機関が抱えてしまうという問題は残る。

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