インバウンドは「マイノリティー市場」攻略を—若い英米黒人の間で高まる日本への関心

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ウォレン・スタニスロース 【Profile】

観光消費による経済効果に期待を寄せる政府は、訪日客の多様化を目指している。筆者は、日本のインバウンド戦略の偏りを指摘し、旅行への関心が高い若い世代の黒人など「マイノリティー市場」の開拓にもっと力を入れるべきだと提言する。

ブラック・アーティストたちを魅了する東京

黒人読者に向けた旅行関連のニュースメディアでは、独自取材に基づく東京ガイド、黒人旅行者の日本滞在記、お薦めのショッピングエリアについての記事など、日本の紹介が増えている。こうした黒人ライターの視点から、見過ごされがちな日本の魅力が見えてくる。写真家・映像作家でナイジェリア系アメリカ人のアマラチ・ヌオス(Amarachi Nwosu)は、ヴォーグ誌のインタビューで、日本には「ダイナミックでクリエーティブな都市文化」があると述べている。グラミー賞11冠の歌手・音楽プロデューサーのファレル・ウィリアムズなどに影響を与えたストリートウエアから日本独自の進化を遂げたヒップホップカルチャーに至るまで、その魅力は尽きることがない、と彼女は言う。

日本の都会の風景や街で聞こえるさまざまな音は、英国の黒人が生み出した音楽ジャンル「グライム」「アフロスウィング」界のアーティストにもインスピレーションを与えている。彼らはネオン輝く東京の街でミュージックビデオを撮影し、人気デザイナーNIGOの最新ファッションを着用したり、ゲームシリーズ『ストリートファイター』の効果音を取り入れるなど、クールな東京の文化と英国の黒人コミュニティーのクリエーティブな表現をブレンドした作品を生み出している。成功したアーティストたちの多くが、ライブやコラボレーションのために頻繁に日本を訪れるようになった。2016 年、英グライムアーティストのストームジー(Stormzy)がアディダスとのコラボで来日した際、渋谷でのライブは多くの外国人の観客を集め、スクランブル交差点や路地で撮影したミュージックビデオ「One Take Freestyle」も話題になった。

「日本はみすみす大きなチャンスを逃しています。英国でいま人気のアーティストたちが日本を好きだと言ってくれてるんですよ!」と音楽プロモーターで『Mixmag Japan』誌の編集者でもある本中野桜(もとなかのさくら)は言う。「彼らは日本でツアーをしたいと思っているし、新たなビジネスチャンスを求めています。ところが日本にはその要望を実現させるための仕組みがない。国全体で観光振興やMICE(※1)誘致の取り組みをしているのに、彼らに協力すれば大きなメリットを得られることに気付いていないのです。ぜひこの状況を変えていきたい」

マイノリティー層の共感を生むマーケティング戦略を

観光PRや旅行パンフレットなどに、黒人旅行客の写真を使用するなど、特に彼らに向けた工夫をすることが誘致には効果的だ。米の市場調査会社ニールセンによると、自分たちの存在がしっかりと認識されることが重要だと考える人たちは黒人消費者の87%にのぼり、38%が広告に黒人が起用されていればその商品を買う可能性が高いと答えている。黒人消費者は、彼らの存在を認識し、人種としてのアイデンティティーに理解を示すキャンペーンやサービスを求めているのである。

北米、ヨーロッパの黒人や他のマイノリティーの人たちに働きかけるには、彼らに共感してもらうためのアプローチを考える必要がある。まず、黒人の旅行ブロガーやカルチュラル・インフルエンサー(SNSなどで影響力のある人たち)のネットワークを活用するのも一つの手だ。現時点では、日本に滞在する黒人たちの写真や体験談などがとても少ない。前述のように「自分たち」黒人がフィーチャーされている情報に強く反応する傾向があるなら、この方法が効果的なはずだ。

こうしたブロガーやインフルエンサーたちには、日本で興味のある分野について自由に発信してもらうべきだ。JNTOは日本の大自然の魅力をアピールすることで、欧米から新たな観光客を引き込めると考えている。だが、白人にはよくても、北米やヨーロッパの黒人たちは「大自然を楽しむ」ことに積極的ではない。差別という負の歴史において、例えば森の中でリンチが行われたり、自由に戸外で活動することを禁じられたりしたために、今でもアウトドア・アクティビティに良いイメージがないのだ。アウトドア以外の活動をアピールする方が効果はあるかもしれない。もちろん、自国では難しくても、日本の自然に親しんでもらうプログラムを工夫すれば、彼らがアウトドアの魅力に目覚める第1歩となる可能性はある。

最後に指摘したいのは、多様な人種的・民族的背景の人たちが日本を体験することで、さまざまな副産物が期待できるということだ。例えば、文化やアートの世界でこれまでにない独創的な表現が生まれるかもしれない。新たな市場開拓の機会も一気に広がるのではないだろうか。

(本文中敬称略。原文英語。バナー写真:若者でにぎわう原宿 © Amarachi Nwosu)

(※1) ^ MICE:企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字で、大きな集客を見込めるビジネスイベント

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オックスフォード大学大学院歴史学部博士課程在籍。立教大学GLAP非常勤講師。専門分野は幕末・明治期日本の思想史。英国ロンドン出身。2011年国際基督教大学卒業。13年オックスフォード大学大学院(ニッサン現代日本研究所)で修士課程終了。東京のシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(AP Initiative)」の元研究員。

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