日本人と英語(1):慢性的英語教育改革が招いた危機

社会

鳥飼 玖美子 【Profile】

政府主導の「グローバル人材育成」の一環として、東京五輪が開催される2020年に “使える英語力育成” に向けた動きが加速し、小中高の英語教育、大学入試が大きく変わる。だが改革の根底にある発想に根本的な問題がある。

迷走する大学の現場

現場の教員や専門家からは、認定された7種類の民間試験の目的や内容、難易度、実施回数、受験会場や費用などがバラバラであることから「公平性が担保されない」「高校の英語授業が民間試験対策になる」などさまざまな問題点が指摘されている。国立大学協会も当初は懸念を表明し、東京大学も「民間試験は合否判定に使わない」という方針を示した。ところが国立大学協会は、18年3月30日に「大学入学共通テストの枠組みにおける英語認定試験及び記述式問題の活用に関するガイドライン」を公表し、英語民間試験については、「各大学・学部等の方針に基づき、次の方法のいずれか、または双方を組み合わせて活用することを基本とする」として「① 一定水準以上の認定試験の結果を出願資格とする。 ② CEFRによる対照表に基づき、新テストの英語試験の得点に加点する」という選択肢を提示した。

CEFR(欧州言語共通参照枠)は、欧州評議会が複言語主義(Plurilingualism)に基づく外国語教育の理念を具現化するために、質的な評価の尺度を開発したものである。文科省はこの点を不問に付し大学入試に使おうとしているが、民間試験スコアの換算に使用する妥当性や信頼性は議論の余地がある。

東京大学も4月末に、「具体的な活用方策について学内にワーキンググループを設置して検討する」と、以前と異なる「入学者選抜に関する考え方」を公表した。この方針変更は、民間試験の問題点は何も解決していないが、見切り発車で活用はする、と言っているに等しいと学内外の批判を浴びている。このような迷走は、民間試験の導入という制度設計に無理があることから生じているのであり、多くの大学および高校関係者が疑問と懸念を抱いている現実は深刻である。受験生の不安を考えれば、20年度開始と期限を切って始めることに拘泥するのではなく、急がず慌てず十分に議論を尽くすべきである。

「成果」ないまま繰り返される英語教育改革

さて、このように30年近くにわたって続けられてきた英語教育改革の成果はどうなのだろうか。

政府は、2017年度中の達成目標を、中3「英検3級以上」、高3「英検準2級以上」の割合を「50%」としていたが、17年度の文科省「英語教育実施状況調査」(2018年4月発表)によると、達成率は中3が40.7%、高3が39.3%であった。この調査では、実際に英検を受験していなくても、他の民間試験に合格するか、「同程度の力がある」と教員が判断すれば「水準に達した」とみなされるので、どの程度に正確な数値か疑問であるが、達成率が目標に達していないことは確かである。

英検の最高レベルは1級、次が準1級、そして2級と続き、その下の英検準2級は「日常生活に必要な英語を理解し使用できる」レベル、英検3級は「身近な英語を理解し使用できる」レベルとされる。「日常生活に必要な」「身近な」英語と言ってもいろいろあるが、それほど難易度が高いわけではないので、この水準に達した生徒たちが全体の半数以下では、改革が成功したとは言えない。

大学新入生の英語力は最近とみに問題になっている。文法や語彙などの基礎力が不足しているので英文を読んで理解できない、従って聞いても分からないし、書けない、話せない。こうした学生の存在は無視できず、やむを得ず中学レベルの英語を補習している大学もある。

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鳥飼 玖美子TORIKAI Kumiko, Ph.D.経歴・執筆一覧を見る

立教大学名誉教授。専門は言語コミュニケーション論、英語教育学、通訳翻訳学。上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。コロンビア大学大学院修士課程修了(MA)。サウサンプトン大学大学院人文学研究科博士課程修了(Ph. D.)。大学在学中から1980年代まで国際会議、テレビなどで同時通訳者。89年以降、東洋英和女学院大学専任講師、立教大学教授などを経て現職。著書に『ことばの教育を問いなおす』(ちくま新書、2019年)、『英語教育の危機』(ちくま新書、2018年)、『本物の英語力』 (講談社現代新書、2016年)など多数。

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