加速する中国のイノベーションと日本の対応

経済・ビジネス

中国の技術革新が急速に進み、その技術に裏打ちされた「ニューエコノミー」企業群が台頭している。世界的なイノベーションの源として存在感を増す中国にどう対応すべきか。最先端の現場をよく知る筆者が解説する。

加速する中国のイノベーション

近年、中国から新製品や新サービスが登場しはじめた。かつて「安かろう悪かろう」のイメージを持っていた中国製品であるが、高品質な製品の製造のみならず、モバイル決済の普及によって新たなサービスも登場している。筆者はこうした中国で生じつつあるイノベーションを次の4つの類型で整理している(『日本経済新聞』「やさしい経済学」2018年3月20~29日連載参照)。

1つ目は、サプライチェーンの成熟に基づく製造業の領域におけるイノベーションである。華為技術(ファーウェイ)に代表される、研究開発に力点を置く中国企業の台頭は目覚ましい。アンドロイド・スマートフォンの分野では、華為技術に加えて小米科技(シャオミ)、Oppo、Vivoといった中国ローカル系企業が世界シェアの上位に入っている。中国に形成された電子製品の産業集積を基礎として、新世代の製品開発が加速している。

第2の類型が、デジタルエコノミーの領域で生じたプラットフォーム企業を主役とするイノベーションの仕組みである。百度(バイドゥ)やアリババ、テンセントに代表されるインターネット業界の大手は、モバイルの時代に入り、それぞれコアとなるアプリケーションを起点としたサービス展開を行っている。アリババはEコマースサイトのタオバオでの機能を拡張させる形で、決済アプリのアリペイを展開しているし、テンセントはデスクトップメッセージソフトQQの経験を生かしてモバイルアプリのウィーチャットを開発した。それぞれのアプリからは少額決済に加えて、新幹線・飛行機チケット、ホテル予約、ライドシェア、食事デリバリーサービス、映画の予約、公共サービスの支払い、さらには資産運用まで可能となっている。いわゆる「スーパーアプリ」を中心とするデジタルエコノミーの生態系の登場である。

中国の電子決済サービス「アリペイ」の日本国内全店導入を発表した玉塚元一ローソン会長兼最高経営責任者(CEO)(右)=2017年1月、東京都品川区(時事)

第3の類型は、社会実装型のイノベーションである。上記のスーパーアプリとモバイル決済の普及は、どこでも無人で決済可能という状況を生み出している。この結果、無人コンビニやシェアサイクル、無人レストラン、無人駐車場管理といった数多くの新たなサービスが生まれているのである。このようにまだソリューションとして決まった答えがない領域で、新技術が試行錯誤されながら社会に導入されていくパターンを、筆者は「社会実装型のイノベーション」と呼んでいる。

第4の類型が科学技術型のイノベーションである。中国でも近年、基礎技術の研究開発をより重視するようになっている。量子通信やゲノム編集といった領域では、中国の研究機関が成果を上げている。大学の研究成果を事業化する、いわゆる産学連携の取り組みも進んでおり、清華大学を筆頭に大学の持ち株会社がこうした事業化を担っている。

中国で上記のような多様なイノベーションが生じつつある背景には、大きな国内市場の存在、モバイルインターネットの普及、政府によるイノベーション政策と緩やかな規制、そして基礎研究の基盤などが指摘できる。例えば中国政府は人工知能(AI)とビッグデータ活用の領域で世界最先端となることを目指しており、このような政策が一人当たりGDPで見れば「中所得国」である中国から登場している時代に入ったことを、われわれは認識しなければならない。

その上で特に重要なことは、ベンチャー企業を育てる仕組み、すなわちエコシステムが中国国内に形成されていること、そしてそれが世界とつながっていることである。

2017年11月時点で、中国には120社のユニコーン企業が生まれている。ユニコーン企業とは、非上場にも関わらず企業価値が10億ドルを超える会社を指す。120社のうち、北京、上海、杭州、深圳の4都市に全体の87%に当たる105社があり、中でも北京に54社が集中する。中国のニューエコノミーを代表する企業は、地域的には沿海部のイノベーション都市に本拠を置き、急激に成長しているのである。

中国のユニコーン企業データ

ユニコーン企業数 中国全体に占める比率 ユニコーン企業の企業価値総額(億元) 中国全体に占める比率
中国合計 120 - 29,470 -
北京 54 45% 13,750 47%
上海 28 23% 4,580 16%
杭州 13 11% 5,420 19%
深圳 10 8% 2,840 10%
4都市合計 105 87% 26,590 92%

注:2017年11月30日時点で、胡潤研究院の集計で、10億ドル(70億元)以上の評価額の企業のリストである。集計対象地域は中国大陸および香港、マカオ、そして台湾を含む。

出所:『2017胡润大中华区独角兽指数』(Hurun Greater China Unicorn Index 2017)より。

深圳のエコシステム:世界ともつながるベンチャーエコノミー

中国のベンチャーのエコシステムを示す興味深い場所として、広東省深圳市にある「深圳湾ソフトウェア産業基地」を取り上げてみよう。同産業基地は深圳市政府が全額出資する地方国有企業が開発し、隣接する「生態園」と並んでベンチャー企業が集中している地域である。このエリアにはテンセントの新本社ビルが建設されており、さらに百度とアリババも拠点を構える。いわゆるBATと呼ばれる企業が勢ぞろいしているのである。

さらに「創投ビル」、すなわちベンチャーキャピタルビルが立地し、その周りには多数のベンチャー企業や、ベンチャー関連のサービス業が入居する。つまり、このエリアにはベンチャー企業に加え、デジタルエコノミーの領域でスーパーアプリを提供するBAT、ベンチャー企業を発見して投資するベンチャーキャピタル、関連サービスを提供する業者が集結しているのである。

このエリアにはプレゼンテーションができるカフェも多くあり、ベンチャー企業によるプレゼンテーション大会や、投資家とのマッチングイベントなどが頻繁に開催される。中国のニューエコノミーのエコシステムを体現している場所の一つと言えるだろう。

深圳湾ソフトウェア産業基地。正面奥の2つのタワーが連絡通路でつながれた建物が、テンセント新本社ビル(伊藤写す)

こうした中国のベンチャーエコノミーのエコシステムは、決して中国国内に閉ざされたものではない。現地のメイカースペース(モノづくりのための設備が整った会費制のスペース)やコワーキングスペース(短期間かつ個人でも利用可能なオフィススペース)で開催されるイベントに行ってみるとそのことがよくわかる。例えば筆者が参加したイベントを紹介しよう。2017年5月25日に柴火創客空間(Chaihuo Maker Space)/Xfactoryでは“Meet Kickstarter and bring your project to life”というイベントが開催された。

米国のクラウドファンディング世界最大手Kickstarter社からJulio Terra氏(Director of Design and Technology)が登壇し、クラウドファンディングに成功するためにどのような準備が必要か、キャンペーン開始後に求められるメディア対応のノウハウまで含めて、詳細に解説した。こうしたメイカースペースやコワーキングスペースは、グローバルなスタートアップコミュニティのキーパーソンと、現地の企業家たちの接点となっているのである。

深圳のメイカースペースで開かれたKickstarter講座=2017年5月(伊藤写す)

外とつながることが日本の力になる

かつて日本は「工業先進国」としてアジア域内の経済成長に大きく貢献してきた。その後、高齢化に代表される社会的課題が先に顕在化したことを受けて、「課題先進国」としての日本の役割も議論されてきた。

では、人口大国であり、なおかつ壮大な科学技術先進国を目指す中国がイノベーションの源となり始めた時代に、日本はどのような取り組みが必要だろうか。この問題に答えることは容易ではないが、中国と関連する論点では、少なくとも日本企業は以下のような取り組みをしている。

第1の取り組みは、より一歩踏み込んだ共同研究である。例えばソニーのようにコア技術のある企業ですら、中国企業OppoとのCMOSイメージセンサーの開発をしている。日本貿易振興機構(ジェトロ)の2016年の調査データによると、日系企業は中国においてすでに84カ所の研究開発拠点を有しており、これは米国、そして欧州よりも多い数である。実のところ、日系企業は中国で研究開発をしているのである。中国が研究開発の場となるのであれば、これを有効に使うことは理に適う。同時に、中国企業も日本の強い分野、例えば光学分野では日本国内に拠点を設けて研究開発を行っており、国境を越えた研究開発は、もはや一方向ではない。

第2は、成長する中国のニューエコノミー、そしてベンチャー企業への投資である。この領域ではソフトバンクの取り組みが突出しており、同社はソフトバンクビジョンファンドを通じて、世界の有力ベンチャー企業への投資をしている。ほかにも中国のベンチャー企業への投資を行っている日系企業はあるが、プレーヤーの数は限られている。

上記2つは日本の有力企業の取り組みであり、よりリソースが限られた中小企業や、日本発のベンチャー企業が中国とどのような関係と結ぶのかについては、まだ明確な答えは見つかっていない。少なくとも新製品や新サービスが生まれる場所となった中国の主要イノベーション都市を訪問し、現地のベンチャーコミュニティとの交流を深めていくことは大事であろう。

日本政府は「ソサエティ5.0」というスローガンのもと、規制を一時的に緩和する「規制のサンドボックス」制度を通じて、ドローンや自動走行といった新技術の普及を目指している。デジタルエコノミーの領域では、政府や国際機関が国際ルールの策定に関する議論も始まっている。データプライバシーの問題に対応しながらも、新たな技術の社会への導入を加速させることが大事であろう。なぜならば、明確な正解のないデジタルエコノミーやIoT(モノのインターネット)の領域では、試行錯誤の数とスピードで、その後の普及度合いが決まっていくからである。

中国全体が、ある意味で巨大な「規制のサンドボックス」となり、ベンチャーのゆりかごになりつつあることを考えると、そこで何が成功し、何が失敗したのかを注意深く観察することも今後の日本のニューエコノミー、ベンチャー企業、イノベーションを活性化していく上では参考になるはずだ。

より本質的には、日本自体がグローバルなベンチャーエコシステムやコミュニティにどれだけ深く関与できるかも問われてくるだろう。ニューエコノミーは国境を越えて展開する。中国がイノベーションを生み出す時代には、日本もグローバルなイノベーションのエコシステムの一部となっていくことが重要だ。

バナー写真:2017年11月11日、中国・上海で開かれたネット通販大手、阿里巴巴(アリババ)の「独身の日」セールスイベント。同社はこのセールで1682億元(1元=17円換算で約2.9兆円)を売り上げた(時事)

中国 インターネット 技術革新 ベンチャー企業