「不信」よりも「無関心」:問われる日本のメディアの在り方

社会

林 香里 【Profile】

「フェイク(偽)ニュース」という言葉が世界的な流行語になり、同時にメディアやネットの情報に対する不信感が高まっている。だが、日本ではメディアへの「不信」よりも「無関心」がまん延すると筆者は指摘。その背景には、世間の空気を忖度(そんたく)してあからさまな衝突を避け、狭い枠の中で競争しつつも、日本社会を統合してきた伝統メディアの在り方がある。その一方で、一部の新聞では党派性を強く打ち出す傾向が目立ってきた。日本のメディア社会の特殊性と課題を考察する。

慎重さを捨て党派性打ち出す戦略へ

ただし、近年、論争とは距離を置き、両論併記をしながら慎重に自らの立ち位置を守る「お澄まし」メディアを横目に、異なる戦略を取るメディアもあることを指摘しておきたい。特に、一部の新聞で、政府や政党の利害、読者のパーソナルな感情に訴える党派性を明確に打ち出す傾向が強くなっている。代表的なのは、産経新聞の保守化・右傾化(歴史修正主義、安倍政権擁護)と東京新聞の左傾化(原発反対、安倍政権批判)であろう。

中でも産経新聞の言論が右傾化しており、排外主義的な言論が目に付く。同社は、この傾向を新聞のブランディングに使っているようにも見受けられ、特に太平洋戦争中の「慰安婦」を巡る報道に代表されるような「歴史認識問題」がその中核的位置付けにある。産経新聞によると、「朝日新聞が世界にまいた『慰安婦』のうそを討つ」(注:同様のタイトルで一連の朝日批判報道をまとめた単行本を刊行)として、とりわけ朝日新聞の「偏向報道」に批判の矛先を向けている。

また、安部政権に抵抗する勢力にも批判の矢を放つ。最近の事件では、米軍海兵隊員を巡る誤った事故報道とともに、同隊員の「美談」を報じない沖縄のローカル二紙(琉球新報、沖縄タイムス)を「報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥」だとして強く非難した。後日、産経の誤報が発覚。取材の不十分さを認めて記事を削除し、謝罪した(2018年2月8日付)。

こうして、日本でも、誤った情報や思い込みに基づき敵対するメディアの党派性や偏向性を指弾して「メディア不信」をあおる言説が生まれている。問題は、そうしたタイプの不信が、日本全体の「メディア不信」と将来的にどのように接続し、どう作用していくかであろう。

産経新聞は日本の全国紙5紙の中では販売部数がもっとも低く、経済的に苦境にあると聞く。そうした状況の中、この30年ほど、現状のままでは立ち行かないという危機感を持ち、他の新聞とは異なった編集戦略で読者との関係を模索してきた様子がうかがえる。すなわち、現在の産経新聞のターゲットは、「無関心」で静かについてくる消費者ではない。同紙は、読者へ自らの立場を積極的にアピールし、それと引き換えに敵対するリベラル媒体への「不信」を要求している。日本のメディア状況も、こうした方向にシフトするかは予断を許さない状況だが、変化が訪れていることは間違いない。

いずれにしても、新聞社の意見傾向の変遷については、今後、指標などを作った上で精査が必要だろう。

なお、2018年3月15日の共同通信の報道によると、安倍政権は、放送事業におけるテレビ、ラジオ番組の政治的公平を求めた放送法の条文を撤廃し、「規制緩和によって自由な放送を可能にする」方針を検討中だという。規制緩和によって新規参入を促すというが、日本の商業放送の分野では、伝統的に在東京キー局5局の絶大な地位は簡単には揺るがないだろう。放送界でも、寡占状態の放送事業者間での党派性が強まる恐れもある。

(2018年3月16日 記)

バナー写真:北朝鮮のミサイル発射を報じる新聞の号外(2017年5月29日東京都港区で撮影/時事)【編集部:写真は本文とは直接関係はありません。】

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nippon.com編集企画委員。東京大学大学院情報学環教授。1963年名古屋市生まれ。2001年東大大学院人文社会系研究科より博士号取得 (社会情報学)。ロイター通信東京支局記者、バンベルク大学客員研究員(フンボルト財団)などを経て、2009年9月より現職。公益財団法人東京大学新聞社理事長、ドイツ日本研究所顧問、GCN (Gender and Communication Network)共同代表、放送倫理・番組向上機構(BPO)・放送人権委員会委員。著書に『<オンナ・コドモ>のジャーナリズム』(岩波書店、2011年)など。

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