「特別養子縁組」が広がるために—子どもの命を救い、実親・養親が幸せになる制度づくりを

社会

児童虐待問題を背景に、政府は「実子」として戸籍に記載される「特別養子縁組」の利用促進に動いている。4月には「あっせん法」を施行、さらなる法整備を検討中だが、理想的な制度運用にはソーシャルワークが欠かせない。

「実子」と同様の特別養子

“養子後進国”といわれる日本。何らかの事情で生みの親の下で暮らせない子どもを養子や里親制度を使って家庭で養育することはいまや世界の常識だが、日本では施設で暮らす子が圧倒的に多い。そうした中で注目されるのが、施行30年となる「特別養子縁組」制度。利用促進に向けて、初の制度改正に向けた議論がまさに大詰めを迎えている。

特別養子制度は1987年の改正民法成立を受け、88年に施行された。よく知られている普通養子は戸籍に「養子」「養女」と記されるのに対し、特別養子の場合は実子と同様に記載され、実親との関係は切れる。子どもに法律上も安定した永続的な家庭を与えるのが目的なのだ。一時的な養育を担う里親制度とはさらに異なる。幼少時から親子関係を築くことの重要性を考慮し、特別養子となる子どもの年齢は原則6歳未満と定められている。6カ月以上の監護期間と家庭裁判所の審判を経て縁組が成立する。

厚生労働省家庭局によると、2016年度の特別養子縁組成立件数は538件。ここ数年増加傾向にあるとはいえ、乳児院に毎年約3000人が預けられ、児童養護施設に暮らす子が約2万6000人いる現状からみれば、非常に少ないといえる。欧米諸国では、年間数千件、数万件単位で成立している。

親権を手放したがらない実親

なぜ利用が進まないのか。制度そのものがあまり一般に知られていないというのもあるが、行政が積極的に関わってこられなかったことも大きな要因だ。子どもの問題を扱うのは児童相談所(児相)だが、増え続ける虐待などの対応で手いっぱいという現状がある。さらに、児童福祉は実親の下での養育が基本のため、実親との縁を切る特別養子縁組は勧めづらい。実際、「自分で育てられなくても親権を手放したがらない親は多い」(関係者)という。

また、実親の同意が必要であり、縁組成立まではいつでも同意を撤回できる点もハードルが高い。所在不明など実親の同意を取るのが困難な場合もある上に、同意があっても後に翻される恐れがあれば、養父母が縁組の申し立てを躊躇 (ちゅうちょ)してしまう。児相を対象とした厚労省の調査によると、特別養子縁組を検討すべき事案のうち、この同意要件が障壁となったケースが約7割あった。

養子縁組倍増を目指し初の制度改正へ

国や行政も手をこまねいているわけではない。2016年には児童福祉法が改正され、児相の機能強化、児童虐待の発生予防などと合わせ、養子縁組に関する相談・支援が児相の業務として明確に位置付けられた。厚労省が昨夏発表した「新しい社会的養育ビジョン」には、特別養子をおおむね5年以内に現状の倍の1000件以上にするとの数値目標が盛り込まれている。

厚労省の有識者検討会は17年6月、報告書「特別養子縁組制度の利用促進の在り方について」をまとめた。それに基づき、法務省の検討会が年齢要件(原則6歳未満)の引き上げ、実親の同意撤回の制限など、具体的な民法改正の議論に着手。実現すれば、制度創設以来の大改訂となる。

しかし年齢要件1つ取ってみても、本来の趣旨との兼ね合いや普通養子との区別など複雑な論点があり、やみくもにハードルを下げればいいわけではないため、議論は慎重を要する。制度が改訂されて一定の成果を上げるには、まだ当分時間がかかりそうだ。

「0歳」児の虐待死防ぐ「赤ちゃん縁組」

特別養子縁組制度の利用促進が求められる背景には、深刻化する児童虐待問題がある。

虐待によって死亡する子どもの年齢で一番多いのは「0歳」で、全体の約半数を占める。その多くは、生後すぐに母親によって命を奪われるケースだ。自宅での出産、若い母親、未婚の母親が典型的。予期せぬ妊娠を誰にも相談できず、中絶できる時期も過ぎ、追い詰められた結果の悲劇であることが浮かび上がる。

妊娠中からこのような女性の相談に乗り、自分で育てるのが困難な場合に養子縁組などをあっせんする体制があれば、母親も赤ちゃんも救済できる可能性がある。ここで重要な役割を果たしてきたのが民間団体だ。

病児保育など、社会と子どもを巡るさまざまな問題に取り組んでいる認定NPO法人「フローレンス」(東京)もその1つ。予期せぬ妊娠に悩む女性の相談に乗り、その女性と赤ちゃんにとって最善の選択肢が特別養子縁組だとなった場合、養親をあっせんする。養親の候補者は、書類審査、面談、家庭調査などを経て登録し、必要な研修を受けてもらう。「施設に入ってから家庭に戻すのはハードルが高く、生まれた時の縁組が大事。出産前から相談に乗ることで、意思確認もスムーズにできる」と担当者は話す。

「赤ちゃん縁組」と呼ばれるこうした取り組みは、実は30年以上前から愛知県の児相や産婦人科医会が行ってきたもので、「愛知方式」として知られる。なかなか全国の児相には広まらなかったが、最近では病院やNPOなど23の民間団体が取り組んでおり、成立件数の約3分の1は民間団体があっせんしたものだ。

適正な事業者育成へ「あっせん法」4月施行

こうした民間団体の多くは、赤ちゃんを虐待死から救い、実母も養父母も幸せになれるようにと信念を持って事業を行っている。しかし、これまで養子あっせんに関する法整備はなく、いわば野放しの状態。児童福祉法が営利目的のあっせんを禁じているものの、極めて不透明かつ不安定な状況にある。

2017年3月には、千葉県の業者が営利目的であっせんをしたとして逮捕され、その後有罪判決を受けた。養父母から225万円を受け取り、実母の最終的な同意がないまま子を養父母に引き渡してトラブルとなったケースで、県から全国初の業務停止命令を受けている。

また、インターネットであっせんを行う大阪のNPO法人が、「産んでくれたら最大200万円相当の援助があります」とホームページに記載し、物議をかもしたこともある。出産に必要な費用や妊娠中の生活費を養親側が援助するという主旨だが、当然「人身売買ではないか」と問題視する声が上がり、大阪市も行政指導に乗り出した。

こうした中、関係者が待ち望んだ法律が成立し、この4月に施行される。「民間あっせん機関による養子縁組のあっせんに係る児童の保護等に関する法律」、通称「あっせん法」だ。最大のポイントは、あっせん機関がこれまでの登録制から許可制に変わる点。無許可でのあっせんを罰則付きで禁じるとともに、許可を受けた事業者には政府が助成を行う。民間による適正な特別養子あっせんを促進することが目的で、児相と民間との連携・協力も盛り込まれた。

安易なマッチングは排除、ソーシャルワークが肝心

あっせん法施行に向けて、前述のNPO法人「全国おやこ福祉支援センター」も問題とされるホームページ記載を改め、許可を受けて事業を行うべく準備している。代表の阪口源太氏(41)は「ルールができ、やりやすくなった。おかしな業者は入ってこられず、まともにやっている所が最終的に残る」と自信を見せる。2年ほどで全国50〜100カ所に拠点を設けたいという。

もっとも、問題視されたのは「200万円」の記載だけではない。フローレンスなど他の団体が養親候補者とも実母とも何回も面談し、行政や病院との調整も含め半年ほどかけてじっくり意思確認とマッチングを行うのに対し、インターネットでのマッチングは非常にスピーディーだ。他団体などの関係者は「養子縁組がゴールではない。安心して産んでもらい、子どももお母さんも幸せになれるよう自己決定を支えるソーシャルワーク(社会福祉援助技術)が重要。インターネットでそれができるのか」と口をそろえる。

横浜市の清水由衣さん(31)=仮名=は、2017年4月に産んだ子を同センター経由で特別養子に出す予定だった。おなかの子の父親は分からず、産みたい思いと、産んでも1人では育てられないという思いで悩んでいた妊娠4〜5カ月の頃、特別養子縁組制度と同センターについて知った。養子に出すことでほぼ意志が固まっていたが、出産1〜2週間前に自分で育てることを決意。養親候補者が支払った妊娠中の援助費用は、親に立て替えてもらって返還した。

「養子に出してよかった人と、一生後悔する人がいる。自分は恐らく一生後悔した方だと思う」と清水さん。娘をかわいいと思う気持ちは、これまで知らなかった感情だ。結局利用はしなかったが、自分で育てられなくても愛情を持って実子として育ててくれる人がいる特別養子という制度を知り、妊娠中サポートを受けたことには、「いまだに感謝している」と話す。

子どもの命を救い、生みの親も養父母も幸せになれる可能性がある特別養子。縁組ありきの安易・拙速なマッチングは絶対に避けるべきだが、件数を増やすにはある程度のスピード感も必要だ。あっせん法が機能し、本人意思とソーシャルワークを重視した健全な形で発展することが望まれる。

バナー写真:PIXTA

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