日本の原発訴訟:福島事故をきっかけに活発化

社会

2011年3月、世界中に大きな衝撃を与えた東京電力福島第1原発事故。マグニチュード9の超巨大地震による大津波に襲われた第1原発は、原子炉の冷却に失敗して水素爆発を起こした。あれから7年。事故をきっかけに日本では原発をめぐる裁判が活発化し、国や東電が敗れるケースも。多くの日本人が心の奥底に隠し持っていた原発への不信感が、司法の世界にも現れつつある。

福島事故を巡る訴訟:「大津波の想定」が争点

原発裁判は「福島事故の責任追及と被害の救済を目指すもの」「福島以外の原発の停止などを求めるもの」に分けられる。国や東電が責任を果たさず怠ったため福島事故が起きたという訴えと、危険性が明白になったのだから他の原発も運転をやめるべきだという「脱原発」の訴えだ。

東京地裁では、東電の元会長と2人の元副社長を業務上過失致死傷罪に問う裁判も進んでいる。事故被害者らの告訴で捜査した検察は不起訴としたが、国民の代表として選ばれた検察審査会の判断で3人が起訴された。

福島事故をめぐる裁判の争点は「国や東電が事故前、大津波が将来起きる危険性を認識できたかどうか」「大津波による重大事故の対策を事故前にとって防げたかどうか」。国とは、原発を審査して運転許可を出していた経済産業省原子力安全・保安院だ。

なぜ、大津波の想定が争いになるのか。

日本の原発の多くは1960〜70年代に建設が始まった。地震学の知見も乏しく、津波シミュレーション技術も十分ではなかった時代。第1原発建設時の津波想定は高さ3メートル余りで、東日本大震災のような10メートルを超える津波を想定することはできなかった。

その後、国内で地震や津波が発生し、少しずつ知見が充実していった。2002年7月、政府機関に参加する地震学者らが報告書を公表し、第1原発のある東北地方の太平洋沿岸ではどこでも大きな津波が発生する危険性があると警告した。この時、第1原発などでも津波シミュレーションを行うよう保安院は東電に求めたが、東電は従わず、保安院も強くは求めなかった。

結局、東電がシミュレーションをしたのは08年。津波の高さは最大で敷地が水没する海抜15.7メートルと算出されたが、防潮堤などの設置には動かず、事故直前まで保安院にも計算結果を伏せたままだった。

保安院は「原発を利用するための規制」という大原則に縛られていた上、閉鎖的な世界で長年なれ合ってきたため、電力会社に過剰に配慮する悪癖が身に付いていた。東電には、原発に批判的な「反対派」の市民や、地元自治体の反発を警戒して、不都合なことは隠し通す習性があった。そんな彼らは警告を具体的な危機とは受け止めなかった。

これまでに主な集団訴訟で民事訴訟の判決が出たのは前橋、千葉、福島の3地裁。いずれも02年の報告書時点で国と東電が大津波の危険性を認識できたと判断した。一方で津波対策を怠った責任については前橋と福島は認め、千葉は「対策は間に合わなかった可能性がある」などとして責任を認めなかった。

国も東電も争う構えで、裁判は長引きそうだ。地震や津波、火山噴火といった自然災害は科学的に未解明の部分が多い。いったん国が運転を許可した原発について、研究や調査の進展とともに災害想定を柔軟に見直せるかどうか。どこまで大きな災害を想定する責任があるかが根本の問題だ。

原告総数は1万人

4200人超と最大規模の原告団を擁する福島の訴訟に携わる馬奈木厳太郎(まなぎ・いずたろう)弁護士によると、福島事故関連の裁判が行われているのは北海道から九州までの約30カ所、原告総数は1万人余りに及ぶ。多くは被害者が避難先の弁護士に依頼して、国や東電に賠償を求めている。争点はほぼ共通している。

馬奈木さんは「我々の訴訟は福島県を原発事故前の姿に戻すことを求めているほか、脱原発も訴えています」と話す。

馬奈木厳太郎弁護士=2018年1月(鎮目撮影)

「原発は安全かどうか」「比較的少ない放射線が人体に影響するかどうか」いった科学的論争にはあえて踏み込まず、事故被害者の大規模な原告団を組織するというスタイルは、これまで手がけてきた公害問題を巡る裁判と同じだ。工場や鉱山から排出された有害物質が原因で大規模な健康被害を起こした「水俣病」「イタイイタイ病」など、1960年代からの公害訴訟が、放射性物質による汚染を起こした福島原発事故訴訟につながった。

第1原発敷地が水没する大津波の危険性を認識していながら国が東電に原発を運転させていたのは「整備不良の飛行機が飛ぶのを認めるようなもの」(馬奈木さん)と主張。福島地裁判決は国の責任を認めたものの、賠償が不十分として原告側は控訴。国や東電も控訴し、舞台は仙台高裁に移った。

「原告団を多くしないと裁判官に主張が響かない。どれだけ多くの人が訴訟に関わるか、世論が高まるかが重要。『主戦場は法廷の外にある』と考えています」(馬奈木さん)

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