無戸籍問題を考える—民法「嫡出推定」の不合理

社会

二宮 周平 【Profile】

親が出生届を出さないために、「無戸籍」となった子どもたちがいる。その背景には、家族の在り様が大きく変わった今も、法的な親子関係が明治時代に施行された民法に縛られている実情がある。

困難な「事実上離婚状態」の証明

家庭裁判所は、妻が妊娠した時点で、夫婦が長期別居など事実上の離婚状態にあるなど、外観から見て夫婦の実態がない場合には、民法772条を適用しない。利害関係のある人は、いつでも誰でも、夫や前夫と子との間に法律上の父子関係が存在しないことを確認する訴え(親子関係不存在確認の訴え)を起こすことができる。妻や子もこの訴えを使うことができるが、妊娠期に事実上離婚状態にあったことを証明しなければならない。夫や前夫からの証言など協力を得られない場合、あるいは夫や前夫と関わりを持ちたくない場合には、この証明は難しい。

他方、2007年6月から、法務省は、離婚後300日以内に子が出生した場合に、離婚後に妊娠したことについて医師の証明書を添付すれば、現夫の子あるいは父のいない子として出生届を提出できるようにした。しかし、前述(ア)や(イ)の場合には、救済されない。

民法改正の実現を

「児童の権利に関する条約」(1989年国連総会で採択)は、「児童は、出生の後直ちに記載される」と規定する。日本政府には、子どもが生まれれば、出生届が出され、戸籍に記載され、無戸籍という事態が生じないような制度にする条約上の義務がある。そのために親子関係を定める民法を改正する必要がある。

私見では、手続きと時間のかかる裁判をしたり、プライバシーに関わる証明書を添付しなくても、安心して母が子の出生届を提出できる制度、子と血縁関係にある父を法律上の父として、子のアイデンティティーを確保し、成人するまでの養育を保障する制度にすべきと考える。

例えば、民法772条1項を、「妻が婚姻中に出産した子は、夫の子と推定する」といった内容にすれば、離婚後、再婚して生まれた子は現夫の子と推定されるので、前述(イ)の問題は解決する。また、現行法では、嫡出推定を覆す権利(嫡出否認権)を夫にしか認めていないが、これを妻と子にも認めるべきだ。そうすれば、妻は夫と子の間に血縁関係がないことを証明して法律上の父子関係を否定し、その上で血縁上の父に認知してもらうことができるので、(ア)の問題も解決する。そもそも妻に対し、自分が出産した子の父について何の発言権も認めていない現行制度自体が不合理なのである。

各国ともこうした法改正を実現している。韓国は2005年3月、妻に嫡出否認権を認めた。07年5月には、戸籍制度を廃止し、個人単位の家族関係登録制度に改正した。日本国憲法24条が規定する個人の尊厳と両性の本質的平等の視点からは、韓国型の制度こそ望ましい。これによって民法772条から生じていた無戸籍者の問題は根本的に解決する。韓国にできた法改正が日本にできないはずはない。

(2018年2月1日 記)

バナー写真:2008年6月大阪市で記者会見する無戸籍の女性(中央手前の後ろ姿)。母親の夫によるドメスティックバイオレンスが原因で出生届が出されなかったために無戸籍となり、その後事実婚で出産した子ども2人も無戸籍だった。会見では国に救済措置を求めた(2008年6月2日撮影/時事)

この記事につけられたキーワード

家族・家庭 国籍 夫婦別姓 戸籍 民法

二宮 周平NINOMIYA Shūhei経歴・執筆一覧を見る

立命館大学名誉教授。法学博士。専門は家族法。「日本離婚・再婚家族と子ども研究学会」会長を務める。著書は『家族法(第5版)』(新世社)、『18歳から考える家族と法』(法律文化社)、『性のあり方の多様性 一人ひとりのセクシュアリティが大切にされる社会を目指して』(日本評論社)など多数。

このシリーズの他の記事