座間連続殺人事件の教訓:インターネットを自殺予防に活用するために

社会

末木 新 【Profile】

ツイッターを介して自殺願望のある女性を誘い出し、次々と殺害していた事件が発覚。類似事件の再発防止のためにSNS規制を求める声もあるが、筆者はインターネットを自殺予防に効果的に活用する方法を考えるべきだと指摘する。

対策推進には公的資金投入が不可避

問題は、誰が自殺のリスクの高い人の支援のためにお金を出すかということである。自殺対策は公的な資金なしに立ち行かない領域だ。自殺を予防すること自体はビジネスにはならないからだ。ネットを介してこのような事件が起きると、ネットが悪いという話になりがちだが、この問題はツイッター社だけの問題ではない。ツイッター社はツイッターというメディアの環境をより良いものにするためにそのデザインに改良を加えることはできるだろうが、自殺のリスクを抱えた人すべてをケアできるわけではない。

今回のようなセンセーショナルな事件が起きると、対策が重要だという世間の機運は盛り上がる。しかし、対策を推進できるか否かは、国民全体がこのような(まれにしか発生しない)リスクをどう管理するかという意識によって決まる。もっと言えば、税金の使い道に関する優先順位について、私たちがどう考えるのかという問題である。残念なことに、私たちの多くは、事故のような事象による死亡を防ぐために税金を投入してもいいとは思っても、自殺による死を防ぐためにお金を使いたいと思わない傾向が強い。国民の意識が変わらない限りは、こうした事件はこれまでのように繰り返し起こることになるだろう。

事件を「消費」させて終わらせるな

最後に、社会全体の意識が変わることによって、自殺予防が進んだと思われる事案に言及する。それは、マスコミによる自殺報道のあり方だ。マスメディアで芸能人や政治家などの有名人の自殺が大々的に報道されると、その後しばらくの間、自殺者数が増加する。これは「ウェルテル効果」として知られる現象で、世界中で起きていることが確認されている。日本でも1980年代にアイドルの岡田有希子が自殺をした後に、若者の自殺が増加した。当時のテレビ報道の様子はユーチューブなどでも見ることができる。おどろおどろしい音楽とともに、ブルーシートがかけられた遺体の映像や、身を投げた現場を芸能レポーターが駆けずり回っている様子などが確認できる。こうした映像は、世界保健機関(WHO)による「自殺予防 メディア関係者のための手引き」に違反する事項だらけだ。

30年の時を経て、現在、日本のマスメディアがそのような報道をすることはほとんどなくなった。もちろん、上述のガイドラインに違反する報道がゼロになったわけではないが、報道の姿勢は格段に改善されたと言ってよい。これは、マスメディアの側にガイドラインを順守すべきという機運が高まったこともあるだろうが、視聴者の側がそのような情報の提示の仕方に “NO” を突き付けた結果だと考えられる。情報を提供するメディアの側には常に、センセーショナルな報道をし、数字を稼ぎたい(視聴率やPVや新聞購読数を上げたい)という誘惑がある。そのような誘惑を監視するのは視聴者=国民しかいない。

変化にはある程度の時間は必要だが、国民の意識が変われば、メディアも変わり、政策も変わる。利用者の危険を放置するようなSNS事業者を拒絶するという意識が高まれば、SNS事業者もサービスの改善に乗り出さざるを得ない。逆に、そのような意識が高まらなければ、状況は改善しないだろう。自殺対策も同様である。人口構造上の問題を抱える日本には、対策を打たねばならない問題が山積している。その中で、自殺という問題の優先順位をどのように考えるのか。今回の座間連続殺人事件のような出来事をセンセーショナルなコミュニケーションの “ネタ” として消費して終わってしまうか否かは、この点にかかっているのである。

(2017年11月30日 記)

バナー写真:神奈川県座間市で9人の遺体が見つかったアパートの前に立つ警察官(2017年10月31日撮影 /時事)

この記事につけられたキーワード

自殺

末木 新SUEKI Hajime経歴・執筆一覧を見る

和光大学現代人間学部准教授。1983年生まれ。東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース博士課程修了。博士(教育学)。臨床心理士。和光大学現代人間学部講師を経て16年より現職。自殺や自殺予防に関する研究をメディア(特にインターネット)利用や経済的価値の観点から行っている。著書に『インターネットは自殺を防げるか』(東京大学出版会、2013年)『自殺予防の基礎知識』(デザインエッグ社、2013年)がある。

このシリーズの他の記事