日本を真の成熟社会に:東京五輪の「レガシー」づくりを考える

社会

仲伏 達也 【Profile】

東京五輪開催まであと1000日。開催準備には課題も多い。だが今注力すべきなのは、地域の課題解決、「人財」育成などに五輪を最大限に活用するための、大会後を見据えた「ソフトレガシー」づくりへの取り組みだ。

日本の食材—国際認証取得を加速する好機

実は、日本の農産物や水産品などが、大会の準備・開催時に使われない可能性がある。五輪の食材の調達基準には、国際規格または同等の規格を満たしていることが条件とされるが、国内の事業者の認証取得率は非常に低い。また、国際的な非政府組織(NGO)は、大会で使用される商品や木材などがサステナビリティ(持続可能性)や人権(児童労働、劣悪な労働環境など)に配慮されているものであるか、目を光らせている。日本企業の商材であっても、グローバルなサプライチェーンの一部で国際基準が順守されていなければ、説明責任や改善が求められる。こうしたリスクを悲観的に捉えるのではなく、国内事業者や日本企業が世界標準を一気に満たす好機として捉えることができれば、大会後にビジネスチャンスが世界に広がる。

もう一つ、「インクルーシブ」な社会(共生社会)の実現も進めたい。大会期間中には、世界中のさまざまな国や人種、障害者が日本を訪れることから、パラリンピックへの関心も生かし、ハード面やソフト面での受け入れ体制整備やまちづくりが進められつつある。それに加えて、心の面で理解が浸透することを期待する。「違い」に対する寛容さが社会に広がれば、それは、日本人同士の居心地の良さを高めるとともに、多様性が社会の活力や新たな価値を生み出す源になる。

さらに、五輪・パラリンピックに向けた「締め切り効果」(締め切りに間に合わせるために、集中力を発揮する)の力も最大限に生かしたい。すでに、自動運転、水素エネルギー、民泊、多言語対応、自動翻訳、都市鉱山活用、バリアフリー化、スポーツの産業化など、取り組むべき技術革新や社会変革は2020年に向けて加速している。

最大のレガシー:若者、住民の社会参画で「人財」育成

2020年の東京大会に向け、全国で多数のプロジェクトが進む。例えば、数百カ所の事前キャンプ、参加者5千万人・20万件の開催を目指す文化プログラム、公式イベント、地域や学校などで開催される関連イベント、8万人のボランティアなどだ。若者や住民が、こうした場に参加したり、ボランティアとして運営をサポートすることに加えて、プロジェクトの企画・実施や意思決定に参画することができれば、その経験を生かして大会後の地域や社会をリードできる「人財」が生まれる。

当社(MRI)では、東京・渋谷区と共催で、企業の協力も得ながら、「渋谷民100人未来共創プロジェクト」を進めている。渋谷に関わりや関心のある18~29歳までの若者が、東京大会を契機にした渋谷のまちづくりを企画・提案し、優れたものは渋谷区の施策として取り組んだり、実現を企業がサポートする。若者が企画・提案から実現までのプロセスに参画するところに特徴がある。多様な意見をまとめて意思決定し、支援を集めて、実行すると、外野から意見や提案をするだけでは経験しないようなさまざまな苦しみ、難しさ、挫折を味わうが、それが社会や組織をリードできる「人財」に求められる力の習得につながる。

全国で、このような取り組みが多数生まれ、多くの若者や住民が社会参画を経験すれば、最大のレガシーとしての人財が生まれる。さらに、こうした取り組みが一過性のものではなく、各地で課題解決を進める継続的なプラットフォームとなれば、それも価値のあるレガシーとなる。

「スポーツの大会と関係あるのか」。そんな声も聞こえてきそうだが、24年パリ五輪は貧困ゼロ、失業ゼロ、CO2排出ゼロを実現する「ソーシャルビジネス」創出を最大のレガシーにする計画との話も聞く。五輪の面白さ、盛り上がりも、当然ながら重要だが、価値観が多様化した社会で開催する五輪・パラリンピックは、もはや五輪だけ、開催都市だけ、スポーツだけでは、社会的な意義が認められない時代になったのだ。

振り返ってみれば、1964年東京五輪も、敗戦の荒廃から復興し、国際社会に復帰し、経済大国としての成長が加速したターニングポイントとなった。日本社会が真の成熟社会に転換するターニングポイントとなったのが2020年の東京五輪であったと、後の世代から評価されるように取り組むことが、われわれ世代の責務ではないか。

(2017年10月20日 記)

バナー写真:1964年10月10日、東京五輪・開会式で聖火リレー最終走者による聖火台点火(東京都新宿区・国立競技場、毎日新聞社/アフロ)

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(株)三菱総合研究所(MRI)経営企画部長。1991年、東京大学工学部(都市工学科)卒業。同年にMRIに入社し、都市・地域や教育・スポーツ分野の調査研究に従事。2016年、プラチナ社会センター長、レガシー共創協議会事務局長、プラチナ社会研究事務局長を兼務。20年東京五輪・パラリンピック競技大会開催に伴う経済効果や大会開催のレガシーに関する調査・分析を担当している。

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